庇護雑記

フィクションだから。

季節風

 
会いたいから会ってるんだよとか連絡したいからしてるんだよとか、言ってもらえるけどやっぱり私が少し依存気味になっている状況に応えてくれているんだろうなと思う。友達に依存してる、それは分かってる。良くないことだっていうのも充分すぎるほどわかってる。だけど今の自分にとってこの子はなくてはならない存在だし、私の昔のことからいろんなことまで一番多く知っているのはこの子だからどうしても甘えてしまう、
わあーってなってたらバイト後に車で迎えに来てくれた
お茶したいから一緒に来てって。
助手席でハンドルを握る彼女の姿を見ていて月日の流れを実感した。アイスを食べながらチャリを押していたのが昨日のことのようなのに、今は自分の車に私を乗せて運転しているのだ。確実に時は流れてる。私は流れに翻弄された3年間だった。この子は上手に舟を漕いで来れた。同じものを見て来たのに、何が違ったんだろう。
 
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ここの店員さん、いつも拙いながらも筆記体でメッセージ書いて星もつけてくれるから嬉しい。
モカ作ってもらって、サンキューを言うべきなのはむしろ私の方なのに
 
私の頭の中を1番多く知っているのは今のところこの子かもしれない、付き合いの長さ的にも。
彼女は相談事をしても決して第三者視点を崩さない。安易な共感は絶対にせず、あくまでも客観的な立場から見た意見をくれる。そこが彼女のすごいところであり信頼できるところだと思ってる。
私の場合過酷なことを打ち明けられると当の本人よりも先に泣く。我ながらまじで使えねえ。何で相手の話が終わる前に泣くんだ私はアホか。最後まで聞いてからにしろ、と自覚しつつも直せない。
そうだったんだ全然知らなかった、この子は強いな偉いな、とか考えてると勝手に泣いてまう、タリーズでもスタバでもドトールでもジョナサンでも泣いた。相談されるの向いてないのか。
 
勝気なくせにガラスのハートだったり楽観的かと思えば厭世的だったり私はめちゃくちゃだ。自分でももうよくわからん。社交担当の私に手錠をかけて紐を結んで、冷静担当の私がそれを握ってる。そんなもの外して二人が手を繋げたならば、私という人間は完成しそうなのに、なかなかうまいこといかない
 
泡沫の幸せをいつまでも薄めて薄めて味わって、もう薄めすぎて何の味も感じない。
「次の段階に行かなければいけないよ」本当にそう思う。目の前にあるのは地獄じゃない、未来だ。まだ真っ白な未来を歩くためには墨汁の滴るワンピースを脱ぎ捨てないといけない
 
「過去なんて関係ない、私達の人生はこれからなんだよ」なんて言ったのは私だ。自分のネジが散らばっているくせにこんなことを言ってその言葉が彼女を救うものになれたのならそれで良いのだけど当の自分はそう思えていないのだ。外と内の乖離。
人の欲しがる言葉は提供できるくせに自分は受け入れられない、自分の頭を使って生み出した私だけが発した言葉なのに。
 
 
さて社会の歯車となる皆さん
待ち受ける困難に打ち勝つ自信はありますか
自身の存在を数値化され切り捨てられることに耐え続ける根性はありますか
私は不安しかないです あー、体育会系無理。
だけど悲観的な方が自分を客観視出来ている気がする
だから根拠の無い自信に満ちあふれているよりもずっと冷静で俯瞰的なのではないかと
そう思ったりしています、今は。
 
 
 
 
セイヤくんがヤギちゃんヤギちゃんうるさいから聴いてみたけどヤギちゃんがボーカルかと思ってたよ。ドラムだったのか...意外だ...
 
一通り聴いてこれが気に入った
良い意味で、何も考えずに聴ける音楽だと思った。勉強しながらとか本読みながらとか。良い意味で歌詞に執心することもなさそうだし。かまってぴょんだと呪文の如くぐわあああってくる時あるからな。「君はどうしようもないだろうねどうにもならないだろうね〜」を繰り返されたら勉強が進むわけが無い。
言葉選びが悪いのかなんとなくdisってる感漂ってるけど褒めてるよ。disってたらまず載せないから。