庇護雑記

フィクションだから。

暇乞い



笑っていいともやってる限り
平和だと思ってた


笑っていいともが終わってもう1年以上経つのかな。細かい月日ちょっとわかんないけど。

全てのものに終わりはある
始まってしまったら終わりに向かって誰にも止められないスピードで突っ込んでいくしかないのだ
ただその終わりが最初から提示されているものの中で、人生において重要度の高いものはあまりない。強いて言えば義務教育ぐらいだ。

あれだけ長いこと、日本のお昼をわかせてきたコンテンツだって終わりを迎えた。拍子抜けするほど呆気なく終わった。
思えば何かが終わるとき、いつでも想像以上に呆気ない気分を味わっていた気がする

終わりを呆気なく迎えてしまう私は現実味を感じることが出来なかった。終わりの悲しみはいつだって私が一人になったとき、誰とも分かち合えなくなってから、私の身体を容易に覆うほどの大きさで襲いかかってくる





少し詳細に吐露させてくれ
もうこれで最後にしようと思ってる


あの子が亡くなったときのこと、私は今でも毎日思い出す。あの、感情が一切排除された無機質な文字が大量に並んだメールを受けたとき、私は形式的にその事実を受け入れた。母親に「あっぴがしんじゃった。」と告げた。よく分からなかった。久々の同級生からの一斉送信メール、その後の個人的な連絡。中学卒業以来初めての連絡だった。
一緒に行こうか、何時に何駅の改札で。わかった、誰々も一緒に行くかも。それにしても信じられないね。そうだね。なんでだろう?なんか、風邪のウィルスが心筋に入り込んだらしくて........


きっと私もあの子も分かってなかったと思う。あっぴが、もうついに私は名前を出してしまったけれども私は、私は名前を呼びたい、あっぴというあだ名を。あっぴは永遠に17歳のままで、18歳まであと一歩のところで届かなかったあっぴにはもう永遠に会うことが出来ないことを、私を見つけて手を振って、三つ編みを揺らしながらスニーカーの靴底が斜めにすり減る変な走り方で私の元へ来て笑う、あの姿を見ることはもう出来ないという現実は私の思考回路を堰き止めて電気信号を遮断した

分からなかった。久々に会う友人と式場まで歩く道すがら、互いの高校の話をしながら時に笑い声まで交えて、私たちはこれからどこへ向かうのか目的を忘れているのかと思うくらい、坂を登る足は軽かった

夏場、もう既に祭壇の上の小さな箱におさめられてしまった姿をみて人格を宿した存在からただの無機物へと変わってしまったという現実が私の胸を突き刺した
美しく眠るあっぴの姿を見れたなら、私はもっと早くその現実を飲み込むことが出来てたのだろう。今でもそう思う。でも私の中のあっぴの姿は、元気に走り、ドラムを叩き、フルートを吹き、たくさんの本を教えてくれた時のままなのだ

一人ずつ並んで一輪の花を捧げた。17歳のあっぴの写真は、私の知るあっぴよりも随分と大人びていた。メモリアルコーナーを友達と眺めた。何にも言葉が出なかった。帰り道、下り坂、初夏の風、ぎゃあぎゃあ喚くセミが憎たらしかった。無言のまま私と友人は帰路に着いた


本物の悲しみは一人でソファに座った時に痛みとともにじわじわとせり上がってきた。理解が追いつくのがいつも遅い。さっき式に参列していた同級生のDQNたちは駅前のファストフード店に入っていった。ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、なんて何の涙だかもう分からないけど、奴らの呑気で無神経な姿が脳裏に焼き付いて離れなかった



あれからもう5年が経った。
半年くらい前、中学の同級生と夜、地元で食事をしたときに私のクラスメイトだった少年がバイクに乗ってトラックの前輪に突っ込み即死したという話を聞いた。彼女は淡々とその事実を述べ、保険金がどうたらという話をしながらステーキをフォークに刺して口へ運んだ
特段、驚かなかった。まじで?うそ、いつ?なんて言いながら私はグラスのコーラに浮かぶ大きな氷をストローでつつきながら彼女の話を聞いていた
トラックに突っ込んだ彼はいわゆるのヤンキーだった。私が彼と同じ箱の中で机を並べていた頃は正直あまり好きではなかった
というか、私はクラスメイトの大半が嫌いだったためその一部、という認識でしかなかった

家に帰って中学校の卒業アルバムを開いた。私のクラスからは2人が亡くなった。隣のクラスのあっぴもいれると同級生では私が知る限り3人だ
五十音順に並んだ写真を見ていると突然すごく怖くて悲しくてやるせない気持ちになった
私が知らないだけでもっといるかもしれない。全く知らされないまま突然の終わりを告げられて呆気なくこの世を去っている人がこの中にまだまだ、
あの3人は突然、皆が当たり前のように消費していく毎日というものを奪われた



ちょうどその頃、私は平和を失うことになる。そしてしばらくしてうみのての笹口騒音ハーモニカが歌い始めた

もはや平和ではない
笑っていいともやってる限り
平和だと思ってた
もはや平和ではない

この歌が世に出された頃、笑っていいともが本当に終わるだなんてだれも思っていなかったと思う。本当に平和ではなくなる日が来るだなんて、きっと皆わかってない

平和なんて脆く儚いものだ
幻想と言っても過言ではないかもしれない
スマートフォンでこれを打ち、明るい部屋暖かい毛布にベッド、大学を言えばあらイイトコのお嬢さんですね、なんて言われてしまう、全然違うのに。表面だけ。毎日化粧をするように、外に一歩出るために私はゴテゴテの真っ白な粉と安っぽいラメを全身にまぶして笑う。そして誰にもわからないところで目を伏せるのだ。そんな私に平和なんぞ語らせるな、と思う人は俯瞰的に見ればこの世にたくさんいるだろうなと思う

でもね世の中のおにいさんおねえさん、
おじさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃん
たとえモラトリアム真っ只中の人間でも、平和の崩れる音をはっきりと聞いたことのある人間がいるのです
平和が終わったっておそらく皆は暫く気付かない。なぜなら現実味を全く帯びていないから

でもはじめから現実味を纏った終わりなんて、たぶんこの世にはないと思う

皆が終わりを身をもって噛み締めた時、それは大きな絶望へと姿を変えて目の前にぽっかりと大きくて深い暗い穴として待ち受けているのだと思う



ごめんね毎日引っ張り出して
もう最後にするから