庇護雑記

フィクションだから。



先生のあの話をまた読んでる。
人は孤独で1人で苦痛に耐えながら歩くのだと。先生、あるいは少年、と少女のちょうど真ん中にあたる私はあとどれだけ苦しんで生きるんだろうって真剣に考えるけど一つの明確な答えが出る日なんてこないってことも分かってる。
あのひとの絶望に比べたら私なんてあまちゃんだけど、あまちゃんなりにも割と大きめの傷を負って何をしたって治らなくてずっと苦しくて辛くてたまらなかった。でも今となってはもはやなにが辛いとか苦しいとかよくわからなくなってきた。
私と遊んでくれる人や必要としてくれる人や声をかけてくれる人たくさんいるけど私は一番にならなきゃ意味がないと心の中で思ってる。友達たくさんいるじゃん、なんて言われるけど友達はまた別の次元なんだよーーー何故そこがわからないかなーーーー違うんだよ、層が違うんだよ分かるか、分からんな。もういいやこれは。とにかく一番以外にはなんの価値もない。だけど思い返せば一番になったことなんてなかった。習字は銀賞、絵は佳作、中学校ですら成績は最高でも4位、リレーも3番目くらい、ピアノも別に。あっ、私の人生なんら価値なかった。今気付いた。あーー、失敗作だーーー私は失敗作だったんだわ

結果よりも過程が大事なんだ、とかいうのはただの詭弁だ。結果が一番大事に決まってるじゃないか。世の中結果しかみないじゃん。いままで生きてきた結果をみて私は何度も切り捨てられてるじゃん。過程なんか誰が見るのよ。つか過程みられたら更に終わるからそこはいいや。
可哀想だとかそんなのはいらない、情なんてどうでもいい。あなたはいまなにがほしいって聞くから、幸せになれればそれでいい、って答えた。幸せってなに、って言うから答えたらそれってすごくありふれたことよね?とトドメ刺された。あなたは私を助けるために話聞いてるんじゃないのか。クビでしょどう考えても。ありふれた幸せがなにもないから私は苦しみ絶望してネジがボロボロ散らばってんのにわからないのかよ。何年その仕事してんの免許剥奪だわ。

なんか愚痴になってきてしまった

私がどうやって生きてきたとか誰にも関係ないし、今後どうやって生きてくかも誰にも関係ないけどいま燃料が底をついてるからもうぜんぶやめたい。自分嫌いだから自分をぜんぶ捨てたいもしくは壊したい。創造には破壊が付き物でしょ
非合理的なことのすべてをかなぐり捨てたい

全部割り切って合理性を第一に考えて生きられれば楽だったんだろうな