庇護雑記

フィクションだから。

あいざっく

 

 

書くことは救済であると教わりました

魂の救済だって

 

魂の救済とかいう字面を見ると某Oムを連想してしまうけどまったく関係ありません。無宗教有神論者とかいう超都合いいやつやってます。

 

最近は手書きでその救済とやらをやっていたけど私の願望は世界のどこかで小さな爆弾を爆発させることであります。私の手作りの拙い透明の、薄いガラスのような丸いばくだん。それを粉々に吹っ飛ばすこと。美しくバラバラに散らばらせること。それが私の望みなのです。だからここじゃないと意味がないの

 

 

自分の身に規格外のことが起こるのはだいぶ慣れている残念なタチではありますが、さすがにこんなことが起こるなんて思ってもみなかったわけで、というか未だによく理解はできてない。薄々変だなって思ってた。もしかしたらずっと前から兆候があったのかもしれないけど気づかないフリをしてたのかもしれない。でも明確になってしまったから受け入れざるを得ないのでした。

何があったとか、どんな状態だとか、そんなことは言語化する意味が全くないしメリットも皆無なのでしないですけれども、ただ漠然とかなしいです。かなしいとひらがなで書くことで言葉の意味合いが違ってくるので私はひらがなで、かなしい、と書きます。

 

 

 

音や文字に色がみえる共感覚者と同じような理論で、1つの破片が心に突き刺さった時、頭のどこかの血流がおかしくなったり脳の一部が機能をやめてしまったり、ということが起こるとするならば簡単に説明はつくのでしょう。心が血を流しました→だから→ひとつブラックアウトさせました。この流れは同時に起こる感覚だとすれば、私は共感覚者です、それで終われる。それで終わっていいじゃない。どうして終わらせてくれないの?

 

だれにもまだいってない。なんて言えばいいのかわかんないから。もしかしたらかなしませてしまうかも知れないから。あと、自分でも100%把握できてないから。連絡が出来ない人がいるのはごめんなさい。そういうことなのです。どういうこと?って思うよね。きっと知らない方がいいと思うの。

また人生にストップかかっちゃったなぁ。

 

 

 

 

朝めざめた私へ。

いまsyrup16gのcopyというアルバムを聴いてるよ。おぼえてる?