庇護雑記

フィクションだから。

目の前に伊野尾慧

 

 

がいたのです。

 

 

沼、というものにハマったのは私が就活生の時、24hTVでHey! Say! JUMPがパーソナリティーとして出演していた時のことである。

初めてマトモに顔を見た。断トツに可愛かった。あまりにも顔が可愛すぎた。V6の岡田くんが「伊野尾が可愛い腹が立つ」と言って伊野尾くんが大きく画面に映し出されたわけだけど、本当に可愛かったのだ。衝撃的だった。JUMPって山田涼介と中島裕翔と知念侑李のグループでしょう、と思っていたのに、こんな可愛い子が埋もれていただなんて。

伊野尾くんが爆発的に人気が出たのはその瞬間からだったと思う。伊野尾担、とかいうのが急激に増加したのもその時からだと思う。なぜなら私がそうだから。ロックバンドやサブカル系音楽にしか興味がなかった私をジャニヲタという深い沼まで引きずり落としたのだから。

深夜1時過ぎくらいだっただろうか、もう覚えていないけど、心がズタボロになっていたメンヘラ就活生の前に現れたアイドルは救いそのものだった。画像を漁ってはその顔の造形を隅から隅まで観察して、二重の幅だとか密度の高いまつげだとか、平面にも関わらず弾力が推測できる唇だとかに見蕩れていたわけでした。そんな大学4年の夏でした。

 

月日は流れ社会人2年目、相変わらずわたしは不健康で精神不健全で血の気のない顔に口紅を塗って日本語ロックで聴覚を満たして、ゴールが見えるかすらわからないまま文字を打ち続けて毎日を過ごしてる。約2年の間に色々あった。伊野尾くんも色々あった。仕事の幅が広がって喜ぶべきことが増えてこちらも嬉しかったり、かと思えば知る必要のなかった一面を知らされて本気で落ち込んだりと、伊野尾くんを取り巻く緩急が私の精神的緩急になっていたりした。そこまでになってしまっていたのだ。そこまで結局私は底なしの沼に今も順調に埋まっていて

 

初主演映画が公開になった。いかにもJK向けの青春ラブコメだ。普段バッドエンドやイヤミス好きの私ならば絶対に見るはずのない映画である。好き好んでこんな映画を観るようになったとしたら、私が気が狂った時と思ってくれ。それくらい興味がなかった。でも観にいったのだ。全ては伊野尾くんの銀幕デビュー作だからだ。そのためだけに、舞台挨拶つきの上映まで応募した。

そしたら当たった。

 

 

当たったのだ。舞台挨拶に。私の名義ではないけど、友達がサクッと取りやがった。感謝感激雨あられとはまさにこのことである。しかも前から5列目。めっちゃ通路側。なんなんだこれは

 

当日、私は周囲のガチヲタたちのガチさに怯えた。こんなにいい席は、普通「積んで」入るものなのだ。ジャニヲタの世界には「積む」だの、「相場理解」とかいう言葉が存在する。ガキ共に教えてやろうそれは違法だ、ばかやろう。周りの女がいくら積んだのかは聞かない。わたしは2000円ですなんて言ったら確実にガチヲタ盛り髪厚化粧ピンヒール女に踏み殺されていたと思う。南無阿弥陀仏

 

映画の感想は割愛しますが上映後美月ちゃんと伊野尾くんが出てきた。どうなることかと思っていたけど、周りが騒ぎすぎていたため私のテンションは反比例の如く至極冷静に伊野尾くんの登壇をみていた。冷静に顔をガン見した。可愛かった。すごく可愛かったけど、テレビで見るのと同じだ、と思った。つくづく自分は冷めたつまらない女だ。

マスコミが入って、目が潰れると思うくらいのフラッシュとライトがたかれる中で伊野尾くんが私の隣の通路を通った。伏し目がちに通路を通る伊野尾くんは、顔色も芳しくなく疲れているように見えた。一瞬グレーの覇気のないモヤが見えて、この人は心身が疲れ果ててしまってるのではないかと心配になった。黄色い歓声を浴びて、あんなにも多くのカメラを向けられて、これが伊野尾くんの日常なのか、と思うとなんだか目眩がした。当然だがあんなにもフラッシュをたかれたのは生まれて初めてだ。謝罪会見に引っ張り出されたらこんな感じなんだろうなぁ、なんて思ってた。私、あっち側に行きたかったんだよな、とふと思い出した。頑張れるだろうか。まだ間に合うだろうか。

 

あんなに間近で伊野尾くんを見ることは今後おそらくないだろう。華奢で、肌に疲れのあとが見えて、眠たそうな眩しそうな目をしながら階段を降りていく伊野尾くんは、間違いなく同じ人間だった。とても愛おしい人間だった。それがわかった私はなんて幸せ者だろうか、と思った。

 

アイドルは神格化されがちだけど、やっぱり人間だし、人間であるべきなのだ。人は人として生まれた以上、それを超える要求がなされたら壊れてしまうのではないか。美輪さんとかは平気そうだけど。でもそんなの一握りだと思う。だからいいの。肌が荒れてようが、眠たげであろうが、疲れてようが、人間なのだから当たり前のことだ。私は、伊野尾くんが人間として生きながらギリギリのところで頑張っている姿を見ることが出来て良かった。

 

かみさまになんてならなくていいから、これからも自分らしくあり続けてほしいです。以上。