庇護雑記

フィクションだから。

ファッキンクソビッチ

 

 

ネット上の友達、顔も見たことないし本当の名前も知らない。大阪に住んでいて、歳は同じで銀行員。私と好きなバンドが同じ。

好きなものが同じな人は、物事を見る角度が近い。その子が「カップルが旅行に行って浴衣着てるツーショ見る度に うわぁ、セじゃん。って嫌悪感でいっぱいになる」とツイートしていて心の底から激しく同意した。禿同ってやつを、した。

 

なんなら街中に溢れる女ども、何すまし顔して歩いてんだよ。どうせお前らもセに溺れてんだろ。気色悪い。全員死ね。とか思ってる。性格が悪いだの、ひねくれだの、あぁなんとでも言えよ。低俗な生物の声なんて私の鼓膜まで届かないんで。私は神聖な人間だから誰も易々と穢すことなどできない。「抱きしめる手なんて選ばなければいくらでもあるわ」ってやつだ。(ポルカドットスティングレイ)

男は何をしていようが平気なんだけど。基本的に蔑視してるから。セに溺れる女が嫌いだ。人間という理性を兼ね備えた生き物に生まれた以上、本能のままに生きるとは非常に愚かなことである、というのは私の持論だ。

そもそもセに溺れる女は頭が悪く、だらしない。やれれば誰でもいいのに自分が需要のある人間、"モテている"と勘違いをしてワンナイトラブドールになるんだ。クズだから結局クズな男しか寄ってこないし、クズ男はクズ女を見抜く能力に長けているため、一滴残らず搾り取れるだけ搾っておいて、搾りカスになったら燃えるゴミにポイだ。果実という名の有機物は中身を食われたらただの生ゴミだ。街を歩けばそこらじゅう生ゴミだらけと考えると気が狂いそうになる。早く焼却処分してくれ。

古来から変わらず女の方が立場は下だ。こんなことを言ったら田嶋のヨウコがブチ切れそうだが事実だから仕方が無い。虐げられるのも縋られるのも捨てられるのも傷つくのも女だ。だからこそ冷静に慎ましく、賢く生きる必要があるのだ。

 

地元の女がデキ婚をして出産した。母子共に健康なことは何よりではあるが、あの女の約7年間の行動パターンを見るに確実に妊娠していなかったら相手の男、つまり現在は夫だが、あいつとは別れていたであろう。断言できる。それくらい、そういう女だったんだ。

デキ婚は一番バカだ。子供が成長して、親の結婚の理由が自分の発生だと知った時どう思うのだろう。私だったら家を出るだろう。無理だ。人間としての尊厳を失っている。

 

価値観は変わらない。私が好きな、厭世的な人々は本能に操られる大多数の人間を嫌悪しながら生きていく。路上に転がる生ゴミを蔑みながら、美しい靴を汚さぬよう綺麗なコンクリートに踵を鳴らして歩いていく。

世の中のクソビッチ共に憐れみの愛を込めて。