庇護雑記

嘘たち

童話

 

 

一人の少女がいました。

少女の頭の中には、幼い頃に目をじっと見つめながらナイフを握って近付いてきた乳母の顔がしっかりと焼きついていました。その瞳と銀色に光るナイフの冷たさは一瞬にして少女の五感に刻み込まれ、いつでも少女はその鋭利な痛みを鮮明に思い出すことが出来るのでした。

少女がかき集めてきた欠片をすべて放ったとき、それは少女の身代わりとなってバラバラに砕け散りました。突風が吹き抜け、鉄の塊が砕いた破片は少女の胸の奥深くへと突き刺さり、透明な血を流しながら少女は歩き始めました。

一人の王子がいました。王子は退屈な城を抜け出し、ひとりで静かな森を歩いていると、ジャラジャラという金属音が聞こえてきました。それは少女の足に絡まった鎖の音でした。少女の足に絡まったたくさんの鎖を見た王子はその少女を不憫に思い、腰に差していた剣を振りあげてその鎖の一つを断ち切ってみせました。少女は喜び、お礼に王子の望みを叶えることを約束しました。

王子の望みは、この森の奥に咲くという花を摘んでくることでした。少女はその花を摘むため手首から血を流し、毒を飲み干しては長い時間暗い森の中を歩き続けるようになりました。それはすべて王子の望んだことでした。王子のためなら、少女はなんだって耐えられる気がしました。

花を摘んできた少女に王子は銀の首飾りを与えました。それは触れただけで怪我をしてしまうほどに磨きあげられた銀の首飾りでした。少女は王子からのプレゼントを喜び、首につけようとした瞬間、あの感覚が少女を襲いました。切り裂くような冷たさと、目がくらむほどの眩しい銀色の光を直視できず、少女は気を失いました。すると王子は憤慨し、倒れた少女の足から脱げた靴を蹴り飛ばすと踵を返して城へ帰ってしまいました。

雨が降り、少女は一人ぼっちで花を摘みながら雨雲が流れていくのをひたすら待ち続けていました。何のために、誰のために花を摘んでいるのか少女は思い出すことができません。しかし少女にはそうすることしかできないのでした。厚く切れ間のない真っ黒な雲が、少女に被さろうとしていました。

それでも少女はひとりで花を摘み続けるのでした。