庇護雑記

嘘たち

ame

 

ほんまにかわいい顔してるなって嘘でもほんとでもそういう言葉は死ぬまでわたしはペロペロキャンディーにして味わい続けるんだけど、そんなこと露も知らずに生きていくきみのことがとても憎らしくて誇らしいです

gy

 

社交的な場面では努めて明るく振る舞うようにかなり意識してるんだけど、明るくて天真爛漫風の人間を演じすぎて前の自分がわからなくなってしまった。わたしこんな喋り方だったっけ?声のトーンもどれが通常だったか思い出せない。24年も自分をやってきたのにこんなに簡単に新しい鎧を身につけられる自分って一体なんなんだ

1ヶ月くらい前に急性咽頭炎になって、処方薬も飲みきってしまったから自然治癒を待っているけど全然よくならねえ。生命力にガッツが足りなすぎる。古代だったら絶対進化に乗り遅れて種ごと淘汰されてると思う。

喉の粘膜がぶつかるとむせるタイプの苦しさが襲ってくるので喉の動きで一番リスクの少ない声の出し方をするようになったことも喋り方が変わった要因のひとつだと思うんだけど、なんだかとても道化を演じてるような気分になる。気の置けない友達に会って話せば元の自分に戻れるんかな。元のってそもそもなんでしょうね

とある専門的な分野について細かく書かれている知らない人のブログを読んでいて、めちゃめちゃわかりやすく書いてくれていたから何回も読んでいたのだけど、さっきなんの気もなしにこの人普段はどんなこと書いてるんだろうって思って適当に別の記事を開いてみたら「嫁がついにガンになった、ざまあ」って書いてあった。なんというえげつない鎧だよ。わたしの鎧なんてビレッジヴァンガードがダズリン着てるくらいのレベルなのに。

好奇心によって知らないほうがいい幸せを引き寄せるエピソードって大体ホラー映画とかでよく使われる手法だと思うけど、なんかそんな物語の主人公的な地雷を踏んだような気分になった。でも昨日めちゃめちゃいい日だったので相殺した。いい日だったんですよね......まじで...

そんな感じです

 

 

love

 

ロストサタデーじゃん。こんなに空っぽな土曜日を迎えることになるなんて思ってもみなかったよ。なにがって、おっさんずラブの。齢24、人生最高のドラマは池袋ウエストゲートパークと言い続けてきたけどここにきてついに同率一位が誕生してしまった。

がちでこんなにラブストーリーで心かき乱されたの生まれて初めてだ。毎週牧くんを思って泣いたし毎週マジ春田そういうとこやぞと憤慨したし、毎週部長の人の良さとかその他エトセトラにエトセトラしたりしてた。

先ず牧くんという人間があまりにも魅力的すぎたけどこんなに愛されるキャラクター今までのドラマ界にいた?いないでしょ。はるたんもカワイイと純粋と無邪気を濃縮したような奴で本当にもう、可愛さ余って憎さ百倍とはこのことか。いろいろすっ飛ばしてもはや憎い、あんなに天使の牧くんの気持ちを振りまわして独り占めするはるたんが憎たらしくて愛おしくて最強に尊かった。

放送が終わった今この世にはるたんと牧くんが存在しないことがとても苦しい。おっさんずラブが薄れていく現実で生きていくことを受け入れたくない。BSでいいから毎日放送してくれ、映画館で応援上映とかあったらめっちゃ行く。まきはるほのぼのシーンの音楽が流れるタイミングで一緒にリコーダー吹く。なんでこんなに好きなのかわからないけどたぶん日本全国似たような思いを募らせている民がわんさかいると思うんだ、みんな好きだろうまきはるが。わたしはすごく好きです、、

ただただありがとうという気持ち、各方面に向けての感謝の気持ちしかない。すべてのキャストすべての関係者、そしてすべてのまきはるにありがとうと何度でも言える。すべてのまきはるってなんだって感じだけど。おっさんずラブに出会えてよかったし本気で生きてて良かったと思うレベルでいる。素晴らしい愛だった。紛うことなき愛でした。ひとつの作品でこんなに多幸感味わえるなんて思ってもみなかった。

ありがとう君に会えてよかった。

 

 

 

超歌手

 

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大森靖子ちゃんとカラオケに行った。

 

何人くらい来たんだろ、パーティールームに体育座りしてすし詰めだったから150人くらい?

今日の夜ご飯どうしようかなとか明日タオル全部洗わなきゃなとか、まだ新しいサンダル買ってないなとか、自分は黒よりもダークグレーのスーツの方が似合うのになとか、そんなこといろいろ考えていたら諸行や無常を考えてしまい超暗くなってきたタイミングで靖子ちゃんからのラインがきた。好きです

大好きな人に会う時は最大限に見た目のレベルを吊り上げていきたいものだけど普通にそれは間に合わなかった。次があればちゃんときれいに化粧して服も熟考の末に選んだものでお目にかかりたい。好きですので

開始30分前の告知だったから強火度が高くて直球の愛が爆発しまくってた。この状況、これがあの「エモい」というやつではないか?と思ってその純度の高いエモさに感激した。

両隣に座っていた知らないファンの人と話したり、ドリンクを渡してもらったりしてそういう場面で人の優しさに触れてめちゃめちゃ苦しくなった。世間には優しい人なんてきっとたくさんいるはずなのに、ほんの少量の毒にいつも負けてしまう。なぜなのか。やさしい君たちは一体普段どこに潜んでるんだよ、隠れてないでわたしの生活に食い込んできてくれよ。

あの時のあのパーティールームには愛という感情が溢れまくっていて、靖子ちゃんの人生の積み重ねが反映されているような気がした。よかったね、本当に良かった、わたしも靖子ちゃんの愛の一部を担えたかな?と再びエモくなった。

靖子ちゃんのファンを見るときの目、本当に好き。大丈夫かわいいよぜんぶオッケーだよ、って肯定してくれているような気分になる。靖子ちゃん、わたしはあの一瞬だけでこの先何年も生きていけるんだよ。わたしにピントを合わせてくれてありがとう。靖子ちゃんには素直に好きって言えるんだよ、なんでかな。直接好きって言いたくなるし言える。靖子ちゃんはね、大切なことをいつも教えてくれる気がするんだ、わたしが欠落させてしまった大切なことを

 

いつまでも靖子ちゃんが音楽に愛され続ける世界でありますようにといちファンのわたしは強く思う

メガラバ

 

自分のことを良い性格しているなんてまったく思ったことがないけど、実際自分で自分のことなんて全然わからない。最低だなと思うことはあるし、もう少し言い方に気をつけろよと後悔したことは今まで何回もある、しかしたぶん残念ながらこれからもあると思う。気をつけよう気をつけよう、と思ってもプチっと切れてしまったら最後一気にとどめを突き刺してしまうのは本当に考えものだ

人に意地悪をしようと思ったこととか実際にしたことはないけれども、結果的に「意地悪」になってしまった失敗の経験はあると思う。しかし理解のされにくいわたしはもはや悪者で構わないし意地悪で構わない、いろんなものをオブラートに包めなくて優しさに詰めが甘すぎるわたしがいけないのだ。ちくしょうなぜこんなに不器用なんだ。自分の好きなところよりも嫌いなところの方が何周も巡れてしまうくらい自分には足りないことが多い、けど

可愛いイラストが書いてあるパッケージとか、動物の写真がプリントされてる袋とか人が超笑ってる写真が載ってるチラシを捨てる時かなり抵抗がある。あぁ、これらはこの先ごみ収集車に潰されて、集積所にぶちこまれて正真正銘100パーセント可燃ゴミになるのか、、わたしがこれを手にしているこの瞬間はパッケージとして、チラシとして意味を持っているのに手を離した瞬間からゴミだ、わたしがこれらにゴミの烙印を押すのだ

 

とか思うとまじで超心が痛いですしそう思う自分客観的にみてちょっとキュートな一面だと思いませんか?と思ったりしてます、し、こんな歪んだ形でしか優しさを表に出すことができないわたしを愛してくださいというお気持ち、を、なぜだか表明したくなったけど自分のこと素直に話すの恥ずかしいので超読みづらい書き方をして書いてみている

おやすみなさい

 

 

 

マリア

 

わたしがアイドル沼に片足を突っ込んだとき優しく沼へ招き入れてくれたのは、その頃まだ名義を持っていなかったわたしをコンサートに連れて行ってくれたひとつ年上のお姉さんだった。

ネットで知り合ったその人はすごく真面目な人だった。反面なにかにつけて思いが真っ直ぐすぎるあまり、世の中と折り合いをつけることが苦手なようで、わたしはその一面を好意的に捉えた。同じ苦しみの中で生き、同じものを好きになって似たような痛みに耐えながら日々を過ごしていることに軽く運命的な縁すらも感じた。

その人に初めて好きになったアイドルは誰かと聞いたら、目をキラキラさせて渋谷すばるだと答えた。

 

何年も好きだった人を突然失うことの辛さを私はまだ知らない。渋谷くんが脱退すると知ったその人は、とても切ない言葉を残していなくなってしまった。その人にとってのアイドルは生き辛さを和らげてくれる存在だと言っていたけど、それがなくなった今なにがその代わりになれるんだろう。もう大人なのに遠い存在を好きになる人々は後ろ指をさされがちだけど、刺さった指など私たちの人生にはなんの関係もない。アイドルは、世の中の棘からその人を守るような存在にすらなるのに、それを取り上げてしまったらなにがその人をあらゆる棘から守ってくれるのだろうか。無関係の安全な場所から首を突っ込んで、個人の価値観を押しつけて一体何になるというのか。お前が真綿にでもなれるとでも思うのか、絶対になれない。

 

渋谷くんはなにか悪いことをしたわけではないし、また別の場所で姿を見ることができるかもしれないけど、某メンバーに至ってはそうもいかない。某メンバーを何年も何年も太陽にして生きてきた人の喪失感たるやはかり知れない。たとえ世界で一番好きな人であったとしても、さよならすらも伝えられないまま突然夜になるなんて

そんなのあんまりだ

 

 

 

ゆうさんが幸せでありますように

 

 

只者にはなりたくなかった

 

ライブハウスに1人はいるカルト宗教みたいな踊りをしている女みたいにはなりたくない、なんて思ってるから未だに隅っこの壁に背中をつけて佇むことが多い。幽霊かよ

 

わたしは何にも縛られることなくどこにも根も張らず、あの雨の日にみた、池の水面に漂う無責任な浮き草みたいに生きていきたいなんて思ってる

住みたいわけではないし住んでいたこともないけど、あいりんや山谷などのドヤ街の街並みが好きだ。いつからかはわからないけどなぜか好きだった。荒廃したものに美を感じる。一般的な美に背く姿が物哀しくて、壊れるギリギリに炸裂するもがきに美を見出してしまう。もののあわれ

19の頃に友人と夜の新世界を歩いたことがある。ライトアップされた通天閣をみて、その下の串カツを食べるために赴いた。ユニバーサルスタジオ帰りの浮かれた学生が、颯爽と新今宮駅の改札を飛び越えるその前に、誰かひとりくらいはただならぬ雰囲気を察するべきだったのではと今となっては思う。でもあの時、まじで楽しかったな

なぜかやけに街全体が暗く、人も歩いておらずまるでRPGの世界のようだった。この先の角を曲がったら怪物が出てくるんじゃないか、と思うほど不気味な雰囲気を湛える道を通り抜けてありついた串カツは想像の範囲を満たす味で、通天閣は節電のため7割程度の電力でわたしたちを迎えた。

さすがに通天閣周りは飲食店が立ち並んでド派手で品性のないネオンが建物の側面をぎゅうぎゅう詰めにチカチカ光っていたけど、駅までの帰り道に寄った耳馴染みのない名前のコンビニは商品棚がスカスカだった。頭にハテナを浮かべながら駅の自販機で買った紙パックのコーヒー牛乳はやけに安く、小躍りして2つ買った。

 

暑すぎず寒すぎない季節にまた行きたい。1人でもいいし誰かと一緒でもいいから、あのヘンテコな街に行きたい。新世界は「人生の終着駅」と呼ばれているらしい。通過点にはなれない宿命を背負った街の哀愁がやけにカッコ良く思える。

串刺しの畜肉を悪い油で揚げる匂い、ジーザス