庇護雑記

フィクションだから。

ファッションメンヘラ

 

 

なんなの?

 

私は、自分含め長い付き合いの友達や大事な人など右手すべての指使ってしまうくらいの数の人が本物のそれになってしまって、辛いところも悲惨なところも見ているし、支えたり支えあったりなんやかんやしているから簡単に鬱だとかいう言葉を使われると腸が煮えくり返る

 

 

ここからは私のただの愚痴でしかないけど吐き出すことが私にとって一番の薬だと言われたから書く。自由だろ

 

過保護のカホコというドラマを見ていますか。私は観てるんですけど、チェロに命かけてきたイトちゃんがカホコに叫んだ言葉、同感すぎた

 

お前の人生何が辛いんだよ、いつどの瞬間どのくらい辛かったのか言えよ、苦しい記憶は嫌というほど鮮明に焼き付くんだよ忘れられるわけがねえんだよ、ほら言えよ、言ってみろ

暗い駐車場に眩しくシャッターが光る瞬間をお前は記憶したことがあるか

必死に耳を塞ぎ続けていて本当に音が聞こえなくなったことがお前にあるか

自分の言葉が届かないとわかった瞬間に一音も発することが出来なくなって会話のために大学ノートをボールペンで何冊も埋め尽くしたことがお前にあるのか

高速で滑り込む鉄の塊につけられたオレンジのランプが希望の光に見えたことがお前にあるのか

叫び続けなければ自分が壊れる恐怖と戦ったことが、流れる血で罪を償おうとしたことが、全てが膜に覆われた光景の中で生きたことが、記憶のないままスクランブル交差点を歩いたことが、呼吸の苦しみでのたうち回ったことが、自分が二つに分かれたことが、お前に、お前なんかにあるわけがないだろう

ふざけんな、なめんな

永遠に逃げて避けて守られてろ。

私は全部一人で乗り越えたんだ、誰にも本当の辛さなんて言えないから、言葉になんかして伝えたらまた新鮮な傷となるから、だから一人で全部

絶対に負けない、甘ったれどもに私が負けるわけないんだよ

 

 

 

 

 

願望夢って知ってるか。

まぁ、読んで字のごとく自分の願望がそのまま夢になって見るものなんだけど。初めてあんなに自分の願望が詰め込まれた夢を見てちょー切なくなった。なんか夢の中で薄々勘づいてんだよね。私がこんなに幸せなはずがない、って思っちゃってんだよね。なんかの間違いかなぁとか、化かされてんのかなぁとか、夢なんじゃないかしら、とか。ご名答、これはすべて夢です

 

ただ夢に見ただけあって、自分の心の底からの願いってものをはっきりと自覚したわけで、まぁなんと悲しきことでしょうか。前半分で頑張ってくれてる私には気付かせまいと後ろ半分の自分が抑えつけていたものが限界突破したんだなぁって。キツかったね。いつもコントロール任せてしまってごめんね。もうやだよね。私ひとりで生きていければ何の問題もないんだけどねぇ。

 

たくさん辛くて声あげて泣いて、腕切って、髪までザクザクに切ってしまって、ぼろぼろのままで外に出たけれどもちょっと笑ってぎゅってしてくれて今すぐに死んでしまいたいって思うくらい安心した。

信用してたのに裏切ったカスたちも苦しめるやつらも全部まとめて消してやるからお前は幸せになれよって

あのままいっそ抱きしめ殺してくれたらよかったんだ

 

 

サイコ

 

 

ガラケーの頃、携帯のストラップを何十個もつけている同級生がいた。それか携帯よりもめちゃくちゃでかいぬいぐるみのストラップつけてる子とか。

私はひとつも付けてなかったなぁーってそれは自分らしさの象徴だったなと回顧する

 

興味がなくなったり飽きたり害悪なものをガンガン自分の身から削いでいって、身軽になってみてなんで今までこんなに自分を苦しめるものばかりずるずると引き摺って生きてたんだろうって笑った。

楽だ。息がしやすい。

もういいんだ。自分にプラスになることしかしないしマイナスなものとは手も繋がない。後ろ髪を掴まれても髪くらいすぐ伸びるからくれてやるよ、ハサミで切ってさよならだ

私は生きる私の人生を

誰にも邪魔なんてさせない

いまは自分のためだけに生きる時だ

好きな人とだけ会って好きな音楽だけ聴いて好きなものだけを読んで飲み込んで

私を殺せるのは私の愛するものだけだ

やれるもんならやってみろ

 

 

溶けた電球

 

 

暗がりを売りにする洒落たレストランで、大量に吊り下がっている電球のひとつひとつを見ながら話を少しずつ聞き流していた

右から左にただ抜けていくわけではない。

右から左に香りながら抜けていくのです

この二つの違いがわからない人が多すぎるから、わたしは微妙にほほえみながら聞き流しているわけです

声の香りが分かりますか、私にはわかるんです

だからこそ嫌なことも辛いこともたくさんあった、私にしかわからないあれやこれやが。

 

熱にやられて電球がぐにゃりと曲がって、歪んだ光がたれてくるのを横目に食べるエビとオリーブオイルの料理は格別だったように記憶している

目の先に漂うその香りは、嫌いではありませんでした

 

僕は君のもの

君は僕のもの じゃない

僕は君のもの 君のもの、としての僕

君だけの僕がここにいる

僕だけの君はどこにもいない

君は誰のもの

君は誰のものでもない

僕は誰のもの

僕は

 

 

 

 

今はなにもしたくない

好きなことも出来なくなってる

好きなものがどうでもよくなってしまった

特にこれといった理由はないけど

時間が止まってくれないから、私をこんな目に遭わせる

昔から手に入れなければ気が済まなかった

手に入れられないものなんてなかった

手に入らないもの、なんてものはなかったのに

未来だけがいつまでもくたばってくれない

私の言うことを聞かずにひらりと身をかわして

私の手の中で蹲ってくれないから

だから私はあの溶けたドロドロの光を無理やり掴んで、高温で掌を焼きながら微笑んでる

 

 

 

さよなら人類

 

自分がもし大学になんて行かずに自分のやりたいこと全てに手を出していたら、今とは全く違う人生を歩めていたんだろうか

進学しない、なんていう選択肢なんてなかった。そもそも一つの道しか見えないようになってた。それが今の日本の正解だったからだ。当然の如く大学進学希望者は100%だったし、浪人を除いた全員が大学に行った。

 

あの4年間という、10代と20代を繋ぐ若く新鮮な時間と、親が私に注ぎ込んだ400万弱の学費の全てを別のことにまわしていたら?

23歳の夏を目の前にして、今さら価値観が揺らいできた。私はなんのためだったんだろう。なんのための4年間だったんだろう。もっと違う生き方が出来たはずなのに。もっと早く爪痕を残すことが出来ていたかもしれないし、大きな挑戦だって出来てたかもしれなかった。

変えられない過去を嘆いたところでなんの生産性もないことは分かっているけれども、つまらない大人にだけはなりたくなかったのに早くもつま先が底のない沼に入っているような気がして、走り出さないと何かが決定的に手遅れになる気がした

 

 

大企業に勤める人に以前あった。一応友達ではあるが、私は猜疑心の塊だから彼女が優越感に浸りたいがために私をあの場に引きずり出したんじゃなかろうかと思ってしまう。ああいうタイプの人たちは、結局金にしか興味がないんだ。あーだこーだ理想論と社会への文句を並べたところで、いわゆるの勝ち組に属する彼女はその世界観を支配するものから抜け出すことは出来ないであろう。好きなことやって生きればいい。そうやって生きていくことくらい誰にだって出来る。誰にだってできることがあの子らには出来ないのだ。プライドが絶叫して自由を妨げるからだ。

 

私はあなたに何をされたって構わないんだから、ね。

いつか猫を飼って狭いアパートで暮らしたいのよ

それがきっとしあわせだなんて私は思っているのだけど。

 

私の好きな曲を書いて歌うあの人は、いつも私の求めてるものを歌ってくれて、なんだか自分は間違っていないと思わせてくれるからもっと好きになる、そのサイクルを何百回繰り返しただろうか。

 

他人の人生だから、金と結婚するもよし、金にまみれるもよし。別に私には関係ないし。

ただ私は自分の力で掴みたいもの、それを手中に収めるまでは絶対に流されることなく私は私の道をゆく、と改めて誓った。 

 

 

なんかもうだいたいロリコンだし

 

そうでしょ。

 

 

全部を放り投げてふらっと誰にも言わずに、最低限のものしか持たずに終点が何地方なのかすらわからない電車に乗りたい。SIMカードを抜いたスマホからアプリを全部消してゆっくりビルが消えていくのをみていたい。そこに音楽があったら最高だ

賭けに出てはみたもののペースが合わないと調子が狂う。だけど上手くいってしまったらそれはそれで困る。モラトリアムな時間だけが延々と続いてほしい、明るいところにはあんまりいきたくないの。私はこのくらいの明かりが丁度いい、今はね。だから引っ張り出されたくない。狙い撃つような照明の前に立たされるのは嫌だ。今は、ね

 

感情と感受性が鈍くなっている。早い。まだ23なのに。今の私と未来の私にとって、23歳の感情と23歳の感受性は何にも代え難いものだというのに、揺さぶられない。電池が切れたみたいになんにも動かないんだ

 

 

昔の、ガラケー時代に更新されていたブログを漁って絶望的に画質の悪い写メを片っ端から保存する。時代に置き去りにされたpodcastの音声データを拾い集めて1つあたり30分〜50分の、約10年ほど前の声に耳を傾ける。10年経っても、声はあまり変わってない。喋り方も同じ。トーンも間の置き方も選ぶ言葉も全部。

10年前でもきっと私は好きだろう。完全なる犯罪になるけれども、その罪すらもギアとなってきっと命を削っても削り足らないくらいに全てを捧げるでしょう。結果全てを失ったとしても、私は安らかな顔で笑みをたたえられるような気がするんだ。中学生の自分よ。そうでしょう、私のことなら。

 

 

そういえばだけど私最後にリンクを貼るのを習慣にしていたのにメンタル仏になってから忘れていましたね。

 

そんな季節でしょう、もう

このMADは鼻兄さんが作ったものでいわば公認のものですね

 

 

 

彷徨う

 

 

対角線上にある間接照明だけをつけて人工的な冷たい風を浴びながら、好きな人の声を聞いている時が私は一番幸せなような気がする。

イムリミットまでをどのように過ごすべきなのかわからず、なんとなく部屋にポスターを貼ってみたりイヤホンではなくスピーカーを繋げて音楽を流してみたり、新しい本を買ってみたものの活字ダイブする気力もないために手持ち無沙汰に定位置に戻る。そんな感じ。朝起きたら4枚貼ったポスターのうち3枚が落ちていました。おはようございます。

 

精神科に行くぜって日はなぜか、私は精神を病んでいますと言わんばかりの顔面蒼白メイクで、普段命を懸けている赤リップを塗らず適度に血色を得られるくらいのグロスを塗る。電車に揺られている時も何故だか知らんけどいかにも精神を病んでいますというような目で車窓を眺めていますし、街を歩く時もそれは同様に死んだ魚の目を眼窩にぶち込んでふらふらと精神科のビルのエレベーターのボタンを押します。その精神科は8階にあって、外階段を上って9階のカウンセリングに行く。考えられないほど手すりが低くて段差が高くて、なんて転落死しやすい階段だろう、と思いながらいつものぼってる。

一方大好きなライブに行く日は、ライブに適しながらも最近の流行を適度に取り入れたファッションに身を包み大量の赤リップコレクションからお気に入りのヴィンテージレッドを唇にのせ、音楽を聴きながら車窓を眺めます。栄えた街を歩けばすみません、芸能事務所の者ですがもうどこかの事務所に所属されていますか、なんてスーツの人が飛んでくるのも慣れたもので、左手で名刺をもらってバッグに放り込む。どちらも同一人物の挙動である。

病は気からってのは、あながち間違いではないのかもしれない。しかしジェイゾロフトからデパスに切り替えた私はなかなかに調子が良い。割と圧倒的に調子がいい。泣くこともなければリストカットもしてない。デパスはやはり救世主なんだろうか。

しかしこれはもう生まれ持った性質ということが近頃わかったんだけど反社会性の人格要素があると言われたのはだいぶ衝撃だった。その病院の帰りにどう考えても避けられるはずの通路で私に激突して通り過ぎていったサラリーマン二人、あいつらぶっ殺してやる絶対にぶっ殺してやると目から出る殺意を抑えつつ冷めた顔でレジに並んでた。

刺し殺してやると思うほど腹が立つジジイが多い、本当に多い。世の中クソジジイだらけだ。そいつらは総じて清潔感が皆無だ。救いようがない。社内でも嫌われてんだろうな。なんて思いながら私はいつか本当に、感情が理性をぶっ壊した時は人間を殺めてしまうのではないかと内心不安に思うことがある。杞憂だ、と笑う人もいるだろう、しかし私には、法に問われることから逃れることのできた罪がある。子供の頃、ギリギリで踏みとどまることのできた罪だ

もしも私があの時暴走した憎しみと憤怒のブレーキを踏むことが出来ていなかったら、少年法に守られた少女Aとして、ニュースを賑わせて

 

 

犯罪者にはなりたくない、そんなもの、なんの得にもならない。私の人生をつまんねえクズによって潰されるだなんて絶対に嫌だ