庇護雑記

嘘たち

わたあめ

 

なんとかしなきゃなと思いながらぼんやりしてしまう

察しが悪いから半年前の言葉の意味をいまさら理解する

 

たぶん自覚してる以上にぼんやりした人間だと思う

それなのに文系のくせに理系の悪いところを凝縮したような考えを展開する時がある

 

きがする

 

猫の匂い、曖昧だけどお洒落な古着屋さんのワンピースみたいな匂いがしてはっきり明確に愛おしさを感じる

 

 

 

なんか急に思い出したんだけど

わたし生まれた時からアトピーで、重度というわけではなかったけど年中手足がボロボロだった。だから半袖ではほとんど出歩かなかったし旅行に行っても絶対に人とは入浴しなかった。絶対したくなかった。死んでもみられたくなかった。だから避けられないプールも可能な限り休んだけどやっぱりたまに入らなきゃいけなくて本当に嫌だった。

大学生になってからがかなり酷くて毎日皮膚が剥がれるようになったあたりでメンタルが完全に壊れた。顔に症状は出てなかったから気付かない人もいたけど手を見られたら明らかだったと思う。人前でペンを握るのもつり革を掴むのも嫌で仕方なかった。けど誰にも言わなかった、マジで誰にも言ってないんだよな。だからいま書いてんだけど。今思えばわたしをぶち壊す要因として十分役割を果たしてくれやがっていたな。

その頃わたしは悪い男に捕まって、リスカしてるからいつも長袖着てんだろ、とけなされるようになった。そんなことはしていなかったので腕まくって傷がないことを見せてやれればよかったけれども、捲ったら捲ったで別のボロボロがバレるので結局どうしようもなくて1年くらい言われ続けてもずっと耐えてた。そいつが今どこで何をしているか知らないし知りたくもないけど死ぬまで忘れないし、その辺の路肩で飢えてひっくり返っているところに遭遇したならばタコ殴りならぬタコ蹴りしてやろうと思ってる。

21歳くらいの時に大阪にいる有名な皮膚科医のところに通ったり食事療法始めたりして、それからどれくらいだったかは忘れたけど突然治った。症状の全てが急に嘘みたいに消え失せた。あまりにも唐突だったからあまり記憶にない。でもやっと解放された気がした。普通の生活送れる、半袖も着られるしまた明日ねと手も振れる、携帯だって堂々といじれる、当たり前のことがすごい嬉しかったんだよね

だけど時期同じくしてその男がリスカを疑ってからかってきて、プツンと糸が切れてしまった。それから初めて腕を切った。望み通りにしてやるから後悔しろ、と思った。その瞬間憎しみが沸点に達してしまってその人間を傷つけるためなら自分を犠牲にしてもいいと思ってしまった。せっかく綺麗になったのに、あれだけ欲してた普通の肌を結局自分の手で傷つけてしまった。なんだかその瞬間にすべてが壊れた気がする。物心ついた時から一番欲しかったものをやっと手に入れたのにあっけなく失った。

命を立て直すために過去と向き合えといわれて色々と思い出したくもないことを思い出していたけど、割とこの出来事が根を張ってるような気がする。どこかに吐き出したくてネットに打ち流してる。

 

 

ついに跡継ぎの話が私のところにまでまわってきてしまったけど人生を一からというかもはやゼロからやり直したいし、私が引き受けてもいいと思い始めている。

東京しか知らないってもったいない気がするのは確かだし、世の中がいつまで続くかわからないからたとえどんな失敗があろうとも別に大したことではないんだよな。良い機会だし真剣に色々考えてもいいかもね

アメリカとシリアは戦争になるし、その後のことも含めて考えるとなんでもやってしまおうかって気分だよ。

 

 

そういや天使と悪魔の邂逅を見届けた。悪魔は、魔のかたまりだなぁと思った。あの天使を堕としてしまうくらい狂わしいほどの魅力、生まれ持ってのものなんだろう、真似したくても真似できない。天使もきっと、悪魔になりたくて憧れて、ずっとそうしてきたのだと推した。天使は悪魔とお揃いのジャケットを着ていた。しかめっ面をする悪魔を横目に、お揃いで買ってしまったと嬉しそうにニコニコ笑っていて、すごく愛らしかった。天使はとても優しくお話ししてくれて、悪魔は普段通りの道化を演じてくれていた。

悪魔なんて呼んでることが知られたら怒られるだろうな、でもあそこにいたみんな、悪魔のことが大好きなのよ。

 

 

 

議事録

 

米津玄師のLemon素晴らしすぎて脳が全部溶けてしまった

ボカロで儲ける人、一時期やいのやいの言われていたような気がするけど結局才能が黙らせるんだよねと思った。ヒトリエとかもそう。

Lemonのpvみたけどなんていうの、降霊術かはたまた蘇りの儀式みたいな雰囲気があってあ、そういう演出していいんだ...って

バックダンサーの外国人、実はゾンビなんじゃないかとか

 

あと坂道akbもみた。秋元康いくらなんでも欅に心血注ぎすぎな。当然ひらてちゃんセンターでやる予定だったんだろうよ。

坂道の曲、前回もありえん良かったけど今回もバリバリによろしくて最高、、権力のあるところに才能は集まってくるんだな〜いいなぁあきもとよ。アイドルの曲は色んな作曲家さんを知れるから積極的に聴いていきたい。

しかし「国境のない時代」というタイトルでありながら国境しか感じられなくてウケる。長濱ねるさん推されてるけど平手ちゃんのような憑依系ではないみたいなので、平手ちゃんを継ぐのは無理だろうなぁ。不協和音のときバチボコに叩かれてたけど今回もひとりだけドルドルしていて、ねるさんはドルドルしてる曲じゃなければ生きなさそう。表情つくるのが苦手なのかわからないけども。隣の珠理奈さんみてみなよ、もうすげー顔してるから。世界観ハンパないから。すっかりお局のような貫禄漂わせてるけどまだ21なのかよ、完敗だよ。だれも勝てないでしょ。

逆のお隣のさくらたんも我が強そうで素晴らしいなぁ、アイドルはそうじゃないとね。まぁ絶対友達にはなりたくないタイプですけれども。

 

最近の望みは1時間でもいいから猫になるか猫と会話ができるようになりたいということです。そんな感じで春を頑張っていきましょう。

 

 

 

渇望

 

絶対、必ず、約束、初めて、の4語を使ってひたすらに翻弄して根こそぎ骨の髄まで喰い尽くしたい。骨と皮になるまでねぶり倒したら同じ味を感じることが出来るだろうか。かつてのきみが味わった苦い記憶を

きみになりたかった、きみの才能がほしくて、少しでも回路を繋ぎ合わせたくて、きみを追随してしまう。きみの人格を渇望してしまう。

きみをわたしが飲み込んでいたとしたら、もっと美しく、華麗に世界のど真ん中に躍り出ることが出来たかもしれない。きみの足りないほんの少しをわたしがぴたりと埋め合わせられたなら、高い空が落ちて深い海と混ざりあって、だれもみたことのないほどの純粋な青を見せることが出来たかもしれない。

きみの目が、耳が、指が、脳がほしくて、頭の中できみが谺響する。きみが笑い、歌い爪弾く。一定の間隔で目の前を横切る黄色の鉄塊を眺めながら、悲壮を濃縮して窮愁を滲ませながら、わたしは突風をかき分ける。鉄塊が素通りするたびに髪が舞い上がる。ここは、ここは私のいるべき世界なんかじゃないのだから。あの黄色の鉄塊を一瞬にして青に染めたらば、それはわたしという人間を証明したことになる。捨て身のショー、最大の爪痕。寂寞が手を握る。頭の中できみが谺響する。きみの声が、きみの言葉が延々とループする。なあ、きみよ好く聴いてくれ。きみよどうか刮目してくれ。

わたしの憧憬が、きみが見蕩れていたこの世でいちばん純粋な青を、つくりだしてあげるよ

 

 

アルカリ

 

同じクラスの時はすごく仲が良くて、移動教室ではいつも一緒に行動するし、給食も一緒に食べる。休みの日は近所の栄えた町へ行きプリクラを撮ってチェーン系のファストフード店で何時間も話す、というほどの友達ですら、クラスが変わってからしばらくの間は廊下ですれ違った時にワァーと挨拶ともとれるような謎の交流があったけれど、いつしかそれもなくなってきていだんだん視界にも入っていないかのようにお互い白々しく目をそらすようになった。喧嘩もしていないはずなのに何故か気まずい雰囲気が漂って、お互いどこに進学するのかも知らないまま同じ制服を脱ぎ捨てる、という一連の流れを思い出して目の奥がヒリヒリと傷んだ。
いまどこでなにをしているかもわからない人の飲み会とか残業とか、そんな日常の断片だけが流れてくるSNS類にかの廊下で感じた無味乾燥な匂いを強烈に思い出してすべてを削除した。視線が交じり合わないのにわたしの生活を横切ることがとてつもない違和感に思えて、わたしは心底こういうの向いていなかったんだなと自覚した。
繋がっている人はいつでも繋がっているというのに、どうしてあんなにくだらないツールにしがみついていたんだろうと考えると、藁をも掴む思いだったんだろうな。卒業おめでとう、過去のわたし。

 

とんねるずのみなさんのおかげでした、という番組が先日終わった。世代ではないから過去を振り返る映像は3分の1くらいしかわからないのに、9時55分を過ぎる頃にはボロボロと涙が止まらなくなっていた。
ちいさいころ、父と一緒に毎週みていた記憶がある。父が作った夕飯を食べて、とんねるずをみて笑う。料理は普通に美味しかったあたり、意外と器用な人だったのだと思う。みなさんのおかげで「したっ」の声がちいさなころは何故か怖くて、だから余計にはっきり覚えている。番組が終わるころに父は自宅へ帰ってしまうので、ずっとこの時間が続けばいいと思っていた。母が数分でも早く帰宅していたら、みんなであの番組がみれるのにとさみしがりながらも木曜の夜が毎週楽しみだった。
わたしと父を結びつけるものがまたひとつ消えてしまった。ひとつの番組の終わり、とわたしの中でなにかが重なり合って、絶望的に親の存在を思い知らされた。この年になってもまだわたしは父と母の間に宙ぶらりんになって、左右の手が伸びきってしまってもなお掴んだ手を離すことが出来ずに、どうしようもない現実と変えようもない過去に苦しみを募らせているようだった。すべてはここに帰結するのかもしれないと思うと目眩がしてくる。自覚しているよりもずっと痛みが激しいことに呆れの気持ちすらある。そうしてわたしから欠落した諸々を埋め合わすかのように、膝の上で丸くなる猫を愛でながら今日を過ごしました。

 

 

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小学生か中学生の頃、働くおっさん劇場とかいうダウンタウンのまっちゃんがプロデュースしているだいぶシュールでぶっ飛んでる深夜番組が好きで、毎週かかさずみていたことを唐突に思い出した。あれを好きな子供ってなかなかに気色悪かったなと今になって思った。サブカル女の片鱗が表れていてつらみがある。

昔8チャンって面白いけどシュールな雰囲気のある番組が多かった気がする。その頃、よくテレビみてたんだよね、っていう回想をした。

 

こういう話が通じる人であったらいいな、と思いながら人と接している感じです。