庇護雑記

フィクションだから。

☆ is here.

 

認めたくはないですが最近元気です。なぜでしょう。別に何もないんですが、ついうっかりここ1ヶ月ほどすこぶる調子が落ちませんで先日は千葉のド田舎にあるショッピングモールに友人の運転でいきました。夜はコントみたいな豪雨をモロで受けてゲラゲラ笑いながら帰りました。平和ですかね。ちなみに助手席で延々と喋りコーラを飲んでいただけなので私は何ら疲弊していませんでした。

かまってちゃんのの子は、がっくーんと落ちてそこから這い上がる時に曲ができる、って昔から言ってるんですがあれ結構私も分かるところがあって、一回落ちないと筆が進まないんですよね。執筆の話です。しかし落ちるタイミングが待てど暮らせど訪れないのでまあ進んでないです。平穏と引き換えに私の能力が...っていう、贅沢ですね

 

母親孝行の一環で一緒に映画を観に行きました。

 

映画『オトトキ』

 

母が20年以上追っている伝説的ロックバンドthe yellow monkeyのドキュメンタリー『オトトキ』です。私も小4くらいから聴いてます。なんなら私の初ライブは野外フェスに連れていかれてみたイエモンでしたね。余談ですがその時もコントみたいな豪雨に降られて幼女のくせに般若みたいな顔をしていました。

イエモンのメンバー、両親と同年代なんですがちょっとカッコよすぎではないですか?ゆーてうちの親もだいぶ若く見える方ではあるんですが、なんかもうレベルが違いすぎてスターって人間じゃねえのかな?と錯覚し始めます。誰一人としてハゲ散らかしてないしスタイル抜群。ヒーセに至っては今の方が若い頃よりかっこいい気がするのですが。いしだ壱成は未成年にうつつを抜かしてないでちゃんとイエモンの皆さんの頭皮を見習ってください。

 

でこの映画ですが。花の蕾から開花までのイラストに合わせて結成〜解散~再集結の流れを示すシーンがあるのだけど、個人的にそこの作りがすごく好きでしたね。自分は24なものでイエモンの全盛期とその頃の時代背景っていまいち分かってなかったのだけど、阪神の震災のニュース音声とかイラク戦争(たぶん)の中継音声とイエモンの楽曲が一緒に流れて、自分の子供の頃の記憶に空間的な厚みが生まれたっていうか。よく分からないですね。とにかくそういうシーンがあって、とても良かったのです。

 

再集結を果たした後のイエモンのおじさんたち、本当に仲が良くて見てるこちらも微笑んでしまう感じなのですが、人として生きる以上避けられない事柄に直面する場面でも容赦なくカメラがまわってるんですよね。しんどそうだなぁとか、可哀想だなぁとか、おそらく人前に出る仕事をしてる人間にとって、ましてやミュージシャンっていうカッコつけてなんぼの人たちからすれば、そういう弱点のかたまりと化している時の自分ってだいぶ他者には見られたくない部分であると思うのですが、やはりそれすらもカッコいいんですよねえ。悲しみに痺れながらもステージに立つ姿とか、身体の不調に苦しむ姿とか。「痛みに耐えるスター」ってなんであんなに映えるんだろ。全部ドラマになってしまうんだよな。どんな状況でも主人公たちを色づけるものとして自らの世界に引き込んでしまう力を感じました。完全無条件降伏でしょう。バチクソにカッコいいです。

ここまで書いてみてふとイエモンが父親と同世代という現実にめまいが止まらなくなったので壁に頭を打ちつけています。つかこの世には吉井和哉さんを「お父さん」と呼ぶ人間が数名いるんですよね??信じられねえよ????あんなのが父親ってなに?もうクラスの男子とかゴミにしか見えないじゃん。

 

 

 

 

ゴミにしか見えないじゃん。

 

 

THE YELLOW MONKEY is here.

っていうコピーが再結成時に出ていたんですが、これ多分イエモンを追い続けてきたファンにとっては激ヤバワードだと思うんですよね。イズヒアですよ。十数年前に解散したバンドがイズヒアって言ってんだよ。やべえ。おまけに映画のエンドロールに流れてた曲、歌詞の中で「そばにいるよ」的なことを言ってたんだけどやべえだろ。どんな乙女ゲーだよ。もうやべえしか言えないですしIQが3にまで落ちました。それを成長して成人を過ぎた自分の娘と観ているうちの母がちょっと羨ましくなりました。私までイエモン好きで良かっただろ!感謝してくれ!!!とか思いました。冗談ですが。

ほぼデビュー時に子供が生まれーの、小学生になりーの解散しーの大学まで進学しーの卒業しーのバンド再集結ですよ。一緒に代々木の復活ライブへ行きましたし、こうして映画も観てるわけです。母のヒストリーを垣間見た気分にもなりました。20数年って長いですね。歳もとるわけだなぁ…

レジェンドが更新されることって本当に奇跡なんですよね。50年生きることだって難しいし、それだけ長い間音楽を続けることもなかなか出来ることじゃないと思う。もう二度と再結成することが叶わないバンドのことを思うと、現在のオリコンチャートにイエモンの名前をみるってとても幸せなことだと思う。90年代にタイムスリップしたかと目を疑うよ。2017年にその名が刻まれて、その場に立ち会うことが出来た幸せを噛み締めてます。

 

そんな感じです。

 

 

サレンダー

 

きみのからだから生えたそれから私の指紋がみつかったら、それはわたしがきみを染めたのだという証拠になるだろう。わかりやすく罪を被るのことがわたしの役目だ。どんなに眩しくとも、深い闇の中であろうともその使命だけはわたしの遺伝子に刻み込まれていていつだってその使命に意識をこじ開けられるのだ。煮えたぎった瞳で射られるのも、吹き出したきみを浴びるのも慣れてしまった。いつしかこの不快な感覚こそがわたしを生きていることへの証明とわたしのアイデンティティを呼び起こすものとなってしまった。

正解はわからない。わからないなんて言っておきながら、わからないという言葉を選んでしまうあたりにわたしの惨めな後悔の痕が滲む。わたしの望んだことはなんだろうか。この何度も何度も振り上げてきたわたしだけの武器と、わたしのドロドロの価値を手のひらで包み込んでもらうことだったような気がする。跳ね返るきみではなくて、染み渡るきみを頭の片隅で幾度となく繰り返しては、そんなぼやけた夢を生ぬるい現実が拭い去っていった。

試してみたかっただけでは。ザクザクでボロボロにしてしまってもなお、きみからの熱を渇望してしまっていたのかもしれない。花火が引き裂かれて夜空の中に散り散りに溶け込んでいく光景を思い出して、身震いをしつつも痛い愛の破片をまた握りしめて。

青い空に突き刺す光が脳に響いて瞼を持ち上げる

 

 

無題

 

どうも。最近はチバユウスケの話ばかりしてます。

ミッシェルは前々から聴いていたけど最近ROSSOやthe birthdayも全部漁った。本当に格好いいなマジで。ミッシェルの音楽が好きなのかなと思ってたけどチバユウスケの音楽が好きみたいですね。イエモンとミッシェルがガンガンに出ていた時代があったとか、なんか信じられないや。今あの2組がいたらさぞかし楽しいだろうなと思うけど、当時自分が小学生で良かった気がする。お金と時間をどれだけ費やしていたかわからん。そして自分が男に生まれていたらチバになりたい一心でハイネケンラッキーストライクを浴びまくって身体壊してたんじゃなかろうか。南無。

近頃はあーゆーなんていうか男からの支持が厚いバンドがいなくて物足りなさも感じつつ、時代なのかなぁと思いつつ、鬱です。無事今日も落ち込んでいます。ありがとうございます。

 

人と会っても明るくできないし、標準的20代にチバユウスケの話は通じないから別の話題を探すも思い浮かばず結果黙り込んでしまうしご飯もあまり食べれないし。まぁお通夜です

先々のことを考えると恐ろしくないですか。こんな恐ろしさと戦いながら人類は生きていくのか、、?70歳くらいに病気で死ぬとしてあと50年近く何するんだろ。何十年も同じ人と一緒にいるなんて考えられないから結婚は無理だろうし当然人間を育てることも自分の精神力を踏まえるとキャパオーバーだし、労働も自分が思ってる以上に負荷がかかるようで身体おかしくなるし。生き甲斐とは???見当もつかないな

 

スタバで隣に来た女の声がまぁでかいこと、びっくりしたんだけど例の「このハゲ」と叫んだおばはん元議員にそっくりなその女は「私と付き合える条件として〜」と絶叫し始めたから人生を楽しむことの出来る人ってこういうことなんだろうなと。私は楽しめなくてもそこそこでいいです。

 

 

東京

 

ただ底なしの辛いなぁを持て余しながら帰ることもできずに温かいラテに小銭飛ばしてます。

 

心をすり減らしまくった結果、もうよう分からんのです。大好きな友だちに会っても、何を話せばいいのか、普段自分は何を話してたのか、何で笑ってたんだっけ何が楽しかったんだっけとぐるぐる考えて、昔は考えることなく人と会っていたなぁ、と思い当たったあたりで異常な動悸に苦しめられるこの一連の流れ。

口を開けば生気のない淀んだ言葉しか零れませんのであんまり喋らなくなりました。せっかく人と会っているのに暗いことばかり言ったら申し訳ないですし。頑張って笑ってみたりもしましたが、不意に撮られた1枚を見ると完全に目が死んでいたりして、全然隠せてないじゃんと呆れました。

 

心配するふりして自分だけが可愛い人、によくつけ込まれるんですがどうせやるならもっとうまくやれよと思ったりします。私なら黙って話聞いてくれるとでも思ってるのかしら。ぞんざいに扱われてますよ〜ほんとに。もう、どうでもいいんですけどね。カリカリしても自分が傷つくだけだからすぐ諦めるようになりました。皆こうやって保身に走ってたんですね、知らなかったです。現世ビギナーなもので。

 

短距離型なのは随分と前から自覚はしていたけれども、思った以上に短距離でしたね。ちょっとしたゴールに達してしまったというのもあるけど、なんか脱力しました。全部どうでもよくなっちゃった。心身ともに健康をまず目指しましょうかね。長い道のりだなー。もう6年も経つのに、全然元気になれてないです。大学生になってからというもの身の回りの全てが噛み合わなくなってしまったし、折り合いなんてものもつけられなくなってしまったままもう24歳になりました。24て。めちゃくちゃ大人だと思ってたけど、18歳の頃と何ら変わってないし変われなかった。幼さと同居する危うさ的なものが失われたくらいです。

昔は青空をみると溶け込むような心地にすかっとしましたけど、今ではその脳天気な爽快感に目を覆いたくなります。大人になるということを楽しめる人間に生まれたかった。

 

もう冷たいので捨てて帰りますね。さようなら

 

 

エンドオブ

 

すごく気持ち悪くて、頭も軋むように痛くて途中で帰った。おやつの時間に自由の身になるなんて大学生以来で、なんとなく本を読みたくなって駅前の本屋で適当に短編集を買った。具合が悪いことをあまり認めたくなくて、隣の喫茶店に入る。いつものおじいさんがレジを打つ。何時に行ってもこのおじいさんがレジに立っている。一度深夜に訪れたことがあるけど、その時もこのおじいさんだった。何時間労働?

さっき適当に手に取った短編集の1作目の登場人物が、自分と同じ苗字である偶然に驚いた。比較的珍しい自分の苗字を目にするとドキリとする。突然降ってきた、映画やドラマでありそうなシチュエーションに思わず顔をあげレジのおじいさんの顔を確認する。穏やかな表情でコーヒーを淹れていた。

短編なのですぐに読み終わる。私と同じ苗字の奴は、幽霊であったというオチだった。幽霊って。少なくともいまの私に突きつけるファンタジーじゃないだろ。ここでもバッドエンドの主人公に引っ張り出される自分に笑う。物語の中ですら救われないという事実に吐き気がまた込み上げてきて店を出た。店の前には遮断機と、その向こうを猛スピードで走る特急列車、ドラッグストア、スーパー。引き寄せられるように遮断機の横に立ちぼんやりと列車を眺める。警告音がイヤホンの音楽をかき消して現実に引き戻す。夢みたいな現実で目の前が歪む。あたまいたい

 

いつでも死ねるな、と思ったら悔しくて泣きそうになった。スーパーで夜ご飯を買って小銭を減らした。脈が乱れているのはもう慣れたけど、乱れるぐらいならもう諦めてほしいんだよ、私は。ご飯の入った袋を手に提げて歩く。リサイクル待ちのペットボトルたちが緑の網の中にいるのが目に入って、なんとなくその塊を蹴飛ばした。中身が飛ばないように無意識のうちに力加減をしていた自分がつまらなかった。後ろを振り返ったけども、誰もいなかった。せめて誰か見ていたらよかったのに。誰も見てない悪事なんて、本当にただの悪事になってしまうじゃないの。

 

結局ずっとこうだ。色んなことから色が消えていくのがわかる。おなかがすく、とかもよく分からなくなってきた。傷の痛みと不調だけがはっきりと自分に訴えてくるの腹が立つな。

自分だけのものにしておくのは苦しくて、小さく爆弾を仕掛ける。ねむたい

 

 

 

もう月曜だね。死にたいのわかりますよ

 

とち狂ったように心臓は動いてるし景色は歪むし、大人になれば丈夫になるよーとかアレ嘘ですからね。弱い子はずっと弱いですよ何らかの対策を取らない限り。絶不調だと精神も絶不調になるし負のスパイラルが止まらないね。

 

理解不能すぎる現象を引き起こされてからもうだいぶ月日はたったんですが、後遺症を抱えてしまっているのは非常に心苦しい。ふとした瞬間にザックリ切られるので防御のしようがないわけですね。普通に車窓眺めてただけなのに、突然記憶が切りかかってくるので割とズタボロです。なんでこんな思いをし続けなきゃいけないんだろう。苦しめられた先にさらなる苦しみを与えてくるとか、こんなことが分かってたら1秒たりとも人間関係を築こうとしなかっただろうにまぁこれが人生というものなんですかね。慰謝料請求したいくらいだ。バズマザーズの豚の貯金箱がとても傷にしみますね。かっちりと空洞を埋めるような音楽がいつも寄り添ってくれるから私は音楽好きをやめることは出来ないでしょう。

 

人を都合よく使う人が増えたなぁと思う。最近。自覚ないんだろうけど、ガチャガチャみたいにコイン入れて適当にまわして引き当てるみたいな交友関係は私あんまり好きじゃない。だけど世の中インスタントだからこっちが主流なのかもしれないなー。そしたらまた私はマイノリティをいってるのかも知れないなぁ。よくわかんないけど。私がネガティブすぎるだけかもしれないけど。あんまり人というのは信用ができないものだし信用した方がやはり負けです。裏切られても構わないくらいの覚悟がなければ他人と深く関わってはいけないのです。辛いですかね。辛さというのは生きていく上で必ずつきまとうものですから、早く諦めた方がよいです。諦めていると僕らはなぜかすこし生きやすくなる、なんて曲もあったなぁ。学生の頃めちゃくちゃ聴いてた。でもね、諦めるってそう簡単に出来るものじゃあないんだよね。だからみんなバカみたいに傷つき傷つけあうんじゃないかしら。ね。

具合悪いと入院でもなんでもして助けてくださいーって感じになるけど、身体が回復すると心が追いつかなくて元気な身が勝手に飛び降りちゃったりするのでどちらも適度に疲弊していた方が良いのかもしれないです。ここ5年くらいすぐに飛び降りたくなってしまうのは本当に悪い癖。一番悲惨だっつーの

 

ツイッターもう消したいなって定期的に思うけど、大切なメッセージが残ってるから消せない。執着ですね。

さめざめ

 

帰り道にふたりの女がガールズバーのプラカードを首から下げて、勧誘の謳い文句を宣うわけでもなくただビニール傘をさしてぼんやりとつま先をみつめている姿を見る度に、借金を背負わされて売り飛ばされた挙句のあの姿なんだろうかって考えて妙に切なくなる

ヘイトウォッチングの話を聞いて、さすが私と価値観が似ているひとだなと感心しつつこれが噂のあれか、なんて思ったりして

 

毎日毎日凄まじい量の情報を詰め込んで乱射している。緊張感と使命感と責任感をまぜこぜにして生み出した怪物に追われる日々も以外と苦痛ではない。生きていくことへの絶望という甘味を奪われ青々とした苦味を噛み締めさせられるのも良薬はなんとやら、これが新しくただしい人生なのだと。私は新しく正しい人生を手に入れたのだ。煮詰め続けた甘いジャムなど結局は毒なのだと。

 

ジェットコースターは下り始めてからが醍醐味だろ、いくらでも覚悟は出来てんだ