庇護雑記

嘘たち

メガラバ

 

自分のことを良い性格しているなんてまったく思ったことがないけど、実際自分で自分のことなんて全然わからない。最低だなと思うことはあるし、もう少し言い方に気をつけろよと後悔したことは今まで何回もある、しかしたぶん残念ながらこれからもあると思う。気をつけよう気をつけよう、と思ってもプチっと切れてしまったら最後一気にとどめを突き刺してしまうのは本当に考えものだ

人に意地悪をしようと思ったこととか実際にしたことはないけれども、結果的に「意地悪」になってしまった失敗の経験はあると思う。しかし理解のされにくいわたしはもはや悪者で構わないし意地悪で構わない、いろんなものをオブラートに包めなくて優しさに詰めが甘すぎるわたしがいけないのだ。ちくしょうなぜこんなに不器用なんだ。自分の好きなところよりも嫌いなところの方が何周も巡れてしまうくらい自分には足りないことが多い、けど

可愛いイラストが書いてあるパッケージとか、動物の写真がプリントされてる袋とか人が超笑ってる写真が載ってるチラシを捨てる時かなり抵抗がある。あぁ、これらはこの先ごみ収集車に潰されて、集積所にぶちこまれて正真正銘100パーセント可燃ゴミになるのか、、わたしがこれを手にしているこの瞬間はパッケージとして、チラシとして意味を持っているのに手を離した瞬間からゴミだ、わたしがこれらにゴミの烙印を押すのだ

 

とか思うとまじで超心が痛いですしそう思う自分客観的にみてちょっとキュートな一面だと思いませんか?と思ったりしてます、し、こんな歪んだ形でしか優しさを表に出すことができないわたしを愛してくださいというお気持ち、を、なぜだか表明したくなったけど自分のこと素直に話すの恥ずかしいので超読みづらい書き方をして書いてみている

おやすみなさい

 

 

 

マリア

 

わたしがアイドル沼に片足を突っ込んだとき優しく沼へ招き入れてくれたのは、その頃まだ名義を持っていなかったわたしをコンサートに連れて行ってくれたひとつ年上のお姉さんだった。

ネットで知り合ったその人はすごく真面目な人だった。反面なにかにつけて思いが真っ直ぐすぎるあまり、世の中と折り合いをつけることが苦手なようで、わたしはその一面を好意的に捉えた。同じ苦しみの中で生き、同じものを好きになって似たような痛みに耐えながら日々を過ごしていることに軽く運命的な縁すらも感じた。

その人に初めて好きになったアイドルは誰かと聞いたら、目をキラキラさせて渋谷すばるだと答えた。

 

何年も好きだった人を突然失うことの辛さを私はまだ知らない。渋谷くんが脱退すると知ったその人は、とても切ない言葉を残していなくなってしまった。その人にとってのアイドルは生き辛さを和らげてくれる存在だと言っていたけど、それがなくなった今なにがその代わりになれるんだろう。もう大人なのに遠い存在を好きになる人々は後ろ指をさされがちだけど、刺さった指など私たちの人生にはなんの関係もない。アイドルは、世の中の棘からその人を守るような存在にすらなるのに、それを取り上げてしまったらなにがその人をあらゆる棘から守ってくれるのだろうか。無関係の安全な場所から首を突っ込んで、個人の価値観を押しつけて一体何になるというのか。お前が真綿にでもなれるとでも思うのか、絶対になれない。

 

渋谷くんはなにか悪いことをしたわけではないし、また別の場所で姿を見ることができるかもしれないけど、某メンバーに至ってはそうもいかない。某メンバーを何年も何年も太陽にして生きてきた人の喪失感たるやはかり知れない。たとえ世界で一番好きな人であったとしても、さよならすらも伝えられないまま突然夜になるなんて

そんなのあんまりだ

 

 

 

ゆうさんが幸せでありますように

 

 

只者にはなりたくなかった

 

ライブハウスに1人はいるカルト宗教みたいな踊りをしている女みたいにはなりたくない、なんて思ってるから未だに隅っこの壁に背中をつけて佇むことが多い。幽霊かよ

 

わたしは何にも縛られることなくどこにも根も張らず、あの雨の日にみた、池の水面に漂う無責任な浮き草みたいに生きていきたいなんて思ってる

住みたいわけではないし住んでいたこともないけど、あいりんや山谷などのドヤ街の街並みが好きだ。いつからかはわからないけどなぜか好きだった。荒廃したものに美を感じる。一般的な美に背く姿が物哀しくて、壊れるギリギリに炸裂するもがきに美を見出してしまう。もののあわれ

19の頃に友人と夜の新世界を歩いたことがある。ライトアップされた通天閣をみて、その下の串カツを食べるために赴いた。ユニバーサルスタジオ帰りの浮かれた学生が、颯爽と新今宮駅の改札を飛び越えるその前に、誰かひとりくらいはただならぬ雰囲気を察するべきだったのではと今となっては思う。でもあの時、まじで楽しかったな

なぜかやけに街全体が暗く、人も歩いておらずまるでRPGの世界のようだった。この先の角を曲がったら怪物が出てくるんじゃないか、と思うほど不気味な雰囲気を湛える道を通り抜けてありついた串カツは想像の範囲を満たす味で、通天閣は節電のため7割程度の電力でわたしたちを迎えた。

さすがに通天閣周りは飲食店が立ち並んでド派手で品性のないネオンが建物の側面をぎゅうぎゅう詰めにチカチカ光っていたけど、駅までの帰り道に寄った耳馴染みのない名前のコンビニは商品棚がスカスカだった。頭にハテナを浮かべながら駅の自販機で買った紙パックのコーヒー牛乳はやけに安く、小躍りして2つ買った。

 

暑すぎず寒すぎない季節にまた行きたい。1人でもいいし誰かと一緒でもいいから、あのヘンテコな街に行きたい。新世界は「人生の終着駅」と呼ばれているらしい。通過点にはなれない宿命を背負った街の哀愁がやけにカッコ良く思える。

串刺しの畜肉を悪い油で揚げる匂い、ジーザス

 

 

 

 

ハローボーイ

 

人間側がペットと定義づけてるいきものたち、なんて清らかな魂なんだ、、と思う。勝手にこちらが選んで勝手に家族にしてしまうのに、その相手を好きになってくれるんだよ。とんでもないことだよ。すべてをかけてでも幸せにしてあげたい

 

2週間くらい前からずっと風邪をひいててガタガタに体調崩していたけど最後は胃腸炎になった。死ぬかと思った。本当に死ぬかと思った。「胃腸炎 地獄」とかで検索までした。同じように思ってる人たちが引っかかって心強かった。わたし生まれてからずっとガリ寄りのガリガリでやってきてるのにさらに痩せた気がして本当に嫌である。

この世の淵を這いつくばっているような気分でいるとき、なにやら大きなものに縋りたくなる。このまえ、桜を見ようといって都内をふらふらしていたときに偶然たどり着いた靖国神社の鳥居をふと思い出した。信じられないくらいデカかった。まじで本当にでかかった。全人類に、せっかく生まれたんだからみんな見ないと損するよと言ってまわりたくなるくらいデカかった。あんなに大きなものを人間って作れるの?どうやったのまじで。高層ビルやスカイツリーよりも個人的に靖国神社の鳥居の作り方がきになる。

そう、それを思い出して、いまひとりで体調不良と戦っていることなどどうってことない...この世は素晴らしい...みたいな気持ちになった。意味わからないこと言ってる自覚はあるけどまじでそう思ったのだから仕方がない。

 

最近ちょっとはまっている西洋占星術の本を読んでいたら「表沙汰にできない恋人を持つ傾向」って書いてあって笑った

 

 

 

わたあめ

 

なんとかしなきゃなと思いながらぼんやりしてしまう

察しが悪いから半年前の言葉の意味をいまさら理解する

 

たぶん自覚してる以上にぼんやりした人間だと思う

それなのに文系のくせに理系の悪いところを凝縮したような考えを展開する時がある

 

きがする

 

猫の匂い、曖昧だけどお洒落な古着屋さんのワンピースみたいな匂いがしてはっきり明確に愛おしさを感じる

 

 

 

ついに跡継ぎの話が私のところにまでまわってきてしまったけど人生を一からというかもはやゼロからやり直したいし、私が引き受けてもいいと思い始めている。

東京しか知らないってもったいない気がするのは確かだし、世の中がいつまで続くかわからないからたとえどんな失敗があろうとも別に大したことではないんだよな。良い機会だし真剣に色々考えてもいいかもね

アメリカとシリアは戦争になるし、その後のことも含めて考えるとなんでもやってしまおうかって気分だよ。

 

 

そういや天使と悪魔の邂逅を見届けた。悪魔は、魔のかたまりだなぁと思った。あの天使を堕としてしまうくらい狂わしいほどの魅力、生まれ持ってのものなんだろう、真似したくても真似できない。天使もきっと、悪魔になりたくて憧れて、ずっとそうしてきたのだと推した。天使は悪魔とお揃いのジャケットを着ていた。しかめっ面をする悪魔を横目に、お揃いで買ってしまったと嬉しそうにニコニコ笑っていて、すごく愛らしかった。天使はとても優しくお話ししてくれて、悪魔は普段通りの道化を演じてくれていた。

悪魔なんて呼んでることが知られたら怒られるだろうな、でもあそこにいたみんな、悪魔のことが大好きなのよ。

 

 

 

渇望

 

絶対、必ず、約束、初めて、の4語を使ってひたすらに翻弄して根こそぎ骨の髄まで喰い尽くしたい。骨と皮になるまでねぶり倒したら同じ味を感じることが出来るだろうか。かつてのきみが味わった苦い記憶を

きみになりたかった、きみの才能がほしくて、少しでも回路を繋ぎ合わせたくて、きみを追随してしまう。きみの人格を渇望してしまう。

きみをわたしが飲み込んでいたとしたら、もっと美しく、華麗に世界のど真ん中に躍り出ることが出来たかもしれない。きみの足りないほんの少しをわたしがぴたりと埋め合わせられたなら、高い空が落ちて深い海と混ざりあって、だれもみたことのないほどの純粋な青を見せることが出来たかもしれない。

きみの目が、耳が、指が、脳がほしくて、頭の中できみが谺響する。きみが笑い、歌い爪弾く。一定の間隔で目の前を横切る黄色の鉄塊を眺めながら、悲壮を濃縮して窮愁を滲ませながら、わたしは突風をかき分ける。鉄塊が素通りする睫毛が散っていく、走り去る黄色の鉄塊を一瞬にして青に染めたらば、それはわたしという人間を証明したことになる。寂寞が手を握る。頭の中できみが谺響する。きみの声が、きみの言葉が延々とループする。なあ、きみよ好く聴いてくれ。きみよどうか刮目してくれ。

わたしの憧憬が、きみが見蕩れていたこの世でいちばん純粋な青を、つくりだしてあげるよ