庇護雑記

フィクションだから。

突き破って

 

 

久々に近所のイオンまで年越し料理の食材を買いに行った。サティからイオンへと名前は変わったが店内はサティ時代のままで、時が止まってるように感じた。

サティによく行っていた頃において良い思い出は全くない。友達とは話が合わなかったし、与えられた義務を遂行するかのようにピアノを習い、好きでもない絵を描きながらダサい紺のセーラー服を着て、半分ヤンキーみたいな友達と坂道を下ってこの中途半端な都会であるベッドタウンで退屈な日々をただただ消化していた。あの頃に同じ教室にいた人間のことは何の思い入れもないし会いたいと思うはずもない。つまりこのイオンは、私の中ではサティのままで、ここに来ると私の古い記憶がすべて掘り起こされる言わばパンドラの箱だ。

 

約10年前の今日、サティで買い物をした帰り道に気持ち悪い男に話しかけられ、腕を強く引っ張られ駐車場に連れていかれそうになった。私は持っていたボックスティッシュ6箱セットで顔のあたりをぶん殴り、無理矢理腕を振り払って一番近くにあった花屋に飛び込んだ。あの男の顔と男の背後の夕暮れを未だにハッキリ覚えている。

 

この土地に名残惜しさなどなにもない。一刻も早く離れたい。そう思っていた。

けれどもいざ引っ越しの話が現実味を帯びてくると、何故かすべての景色にノスタルジーを感じた。バカでかいパンドラの箱や、あの忌まわしい駐車場ですら。

 

年女だ。よくもこんなに長く生きたと思う。

こんなに生きているとは思ってもみなかった。自分でも違和感しかない。ただ友人から喝を入れられてから、生きていくことに青いフィルターをかけなくなってきた。自分には大切な存在がたくさんいるという揺るぎない事実が私をいつだって立ち上がらせる。サティでは見つけられなかった、少し外に飛び出して出会うことの出来た大切な人たち。このたくさんの手を、握りしめた私は結局幸せ者なのだ。すべてを手放してしまっていたら、窓の外にノスタルジーなど欠片も感じなかっただろう

 

正月とはいえ普通の1日だ。午後に友人ととある場所に行って、きっと大いに幸せな気持ちでまたこの大嫌いな土地に帰ってくる。

私の左の腕にはまだ消えないたくさんの傷跡があるし、机の上には私を生かす錠剤が転がっている。壊してしまった鏡やちぎったカーテンも捨てそびれたけど、全部全部ひっくるめて、私は私の1年を生きていくでしょう。

 

私を救ってくれた大切なものだけを抱えて。

 

 

 

 

今日は5億年ぶりに一度も死にたいと思わなかったのではなまるください

おやすみなさい

 

 

 

 

友達に「心の自傷はもうやめて」と言われて

なるほど無意識のうちに自傷しまくってたんだなと気付いた

そんなことしても幸せになれないよって、ほんとそうだよね。全然自覚なかったけども。

 

精神をズタボロにしてから身体も壊れたので

今週欠勤してしまっている。クズですね

頭痛と吐き気とめまいで死にそうだ

 

明日は行かないといけないんだけども。

ぜーんぶ助けてくれたらいいのに

そろそろもういいじゃない

私耐えたよ

 

 

loop

 

絶望する

ボロボロに傷つける

死のうと思う

誰かに止められる

止めてくれる人の大切さを噛み締める

大切な人を裏切らないようにしようと決意する

絶望する

傷つけまくる

死のうと思う

 

このサイクルを一体何度繰り返したら私は正常になれるんだ。いい加減にしろと自分をぶん殴りたい。だけど壊れてしまってるから、部品がバラバラに散らばって全然埋め込めてないから、きっとこの先も大きな絶望を味わう度に血も涙も無駄にして本気で死にたくなるんだろう。選択肢として死が浮かび上がらなくなるまでどれくらいの時間がかかるんだろう。

 

 

私を好きでいてくれる子に目から鱗な言葉をもらって、早くまともにならないといけないと思った

過去に私の自殺を止めてくれた人のことを酷い目に遭わせてしまったことは今すごく反省してるの

ごめんね

 

 

 

 

しのう

って書いたらものすごいアクセス数になってたから人間って人の不幸が好きなんだなぁと思ったりした。リンク切ってるから知り合いとかコレ見てないだろうし。

 

もう死んだほうが楽だなって思うくらいの出来事に見舞われて、お前サイテーだ、をひたすら我慢して笑って眠ったら朝息ができなくなって呼吸困難で目が覚めた。最強に左腕がめちゃくちゃになった。心の底から最低だと思った。私の宗教が壊れて無法地帯に放りだされてなにを信じたらいいのかわからなくなった。支えがすべてなくなった気がした。記憶にない?私は全部覚えてんだよぜーーーーんぶ。証拠もたくさんあるよ

 

人に話したらめちゃくちゃに怒ってくれて代わりに殺してやるなんて言ってくれたりして、私はこの人たちだけのために生きたいと思った

もうこれ以上なんにもいらないから、大切なものはこれだけで充分だから、だからもういらないよ

神様を決めていなかったから色んなところにかみさまを作ってみたけど純度100パーセントかみさまだと思えるのは周りだけだった。かみさまたちなんだよ、みんなは

 

 

職場のおばさんがずっと、私のことを娘のように思ってずっとずっと心配してくれてたのが嬉しかった

若い女が突然泣きだして色んなおじさんたちがどうしたらいいのか分からなくなってオロオロしてるのが可愛いと思ってしまった。駆けつけた上司が何故か片手に判子を持ってたのが意味わからなすぎて笑ってしまった。

はやくこの職場に報いなければ。はやく使える人間にならなければ

 

 

しんどいけど。

思い出すだけでふらっといっちゃいそうだけど。

手を繋がれてることに気付けてよかった

 

 

 

 

 

みどり

 

 

精神的に健康になりたい

正常を取り戻したい

決定的におかしくなったのはやっぱり大学に入って直後のことだ。電車で涙が止まらない、家の鍵の開く音を聞いて号泣する、少し落ち着いたと思ったら2年後大悪化。泣き叫ぶ、物を壊す、親と話さない、布を引きちぎる、ボロボロに傷つける、もうめちゃくちゃだ

 

二度と戻りたくない

でもまたあんなふうになったとしたら地獄だ

はたらきたくない、というか外に出たくない

人と関わりたくない

息が苦しい

 

元気だったら、社会や年上の人間とか、

なんてことないんだろうか

 

 

 

 

だまされてたのがわかった。

つくづく素晴らしくろくでもない毎日だ。

 

毎日都内の電車が止められる。

誰かが自分の身をもってして止めてしまうのだ

事故が起こると人は皆怒る

ネットでも、駅のホームでも、動けなくなった車内に残された人たちも。

 

「死ぬなら人に迷惑かけずに死ねよ」

 

毎日毎日どこかしらで事故が起こるから皆麻痺してる

一人の人間が全てを終わらせたくて、どうしようもなくてふらりといってしまったこと

皆そんなことには気にも留めない

命を絶ったことを軽々しく罵る人ばかりで切なくなる

 

乗っていた電車の一本後ろの電車がだれかを轢いて止まった。

私の電車も緊急停止した

ツイッターで検索をすると小走りで線路に飛び込んだという目撃ツイートが拡散されていた。

その人の年齢も性別もわからないけど、その人にとってホームに滑り込んでくる電車の光は自分をあたたかく迎えてくれる希望の光だったのだと思う

その光の眩しさを私は知ってるから、私は絶対に当たり前のように日常に事故が組み込まれている人間にはなりたくないと思った

 

心に傷を負っている人が好きだ

痛みを感じたことのある人にしか人の痛みは分からないから

傷を負った人間にしか見えない色がある

私はその色が好きなのだ

 

会社にかかってきた電話で、とある作家の訃報を知った

その作家は女性で、まだ40歳だった

公には明らかにされてはないものの、自殺だということは明白だった

彼女はネットでもコラムを書いていた

とても自分と物事に対しての感じ取り方が似ている人だと思った

「40で死ぬ」ということを彼女は公言しており、その望みは残念なことに叶えられてしまった

 

私は、どんな生き方をしてどんな死に方を選ぶんだろう。