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庇護雑記

フィクションだから。

 

 

辛さがどうしようもない

虚しくて悲しくて寂しくてすべてがいや

自分のことが心の底から嫌いだ。

 

友達と一緒なら平気だと思っていたのにやっぱり私はダメなようだ。増え続ける病気に苦しみ耐え続ける。未来を語るのは楽しいものなのかな。わたしはそう思えなくて残念な人間だ。そもそも未来なんてないと、頭のどこか隅の方で考えてる。早く終わらせたい。

 

誰にも捨てられたくない

心がボロボロなのはいつ治してくれるの?

 

焼け爛れる月

 

 

助けてくださいと大声で言いたい

 

新しく登場した私を蝕む病、ヒステリー球

これ、睡眠中に限って出てきて激痛と苦しみで目が覚める。胸の激痛でのたうちまわりながら浅くしかできない呼吸で気が遠くなる、激痛で引き戻される、呻いたり叫んだりする。治療法、なし。

2017年に治療法なしなんてAIDSぐらいしか許されないだろ、いやAIDSももう特効薬が出来てると思ってたよ5年くらい前は。2017年ってもっと未来感あってもっとすべてが前進してると思ってた、全然だめじゃん。なんかもう政情ヤバイしこの先の日本やら世界の未来に希望抱いてる人間いるの?いたとしたらどんだけお花畑なんだよ、絶望しかないだろ

 

 

話が逸れたから戻すけど本当に死んだ方がマシなくらいに痛い、朝方激痛で目覚めて床で絶叫してる私なんのために生きてるの?週イチで発作その後3日は続くこの痛みに治す方法もないまま生きていく意味ある?少なくとも私は意義を見出すことは出来ない。寒くて薄暗くまだ車も通らないような朝にベランダの手すりを乗り越えようとしたところで、私の絶叫を聞いた母に引きずり下ろされる。ベランダのコンクリートに叩きつけられた私はいま右半身全打撲状態だ。なんだよこれ。全身で無事なところ左脚と顔と頭しかない。

 

いますこし平気になってる

でもまたあの痛みで目が覚める日がすぐそこにあると思うと耐えられない、耐えたくない本当に嫌だ。助けて

 

 

 

23才の夏休み

 

 

鬱だ。表向きは。

パニック障害だ。表向きは。

ほんとは、ちがうけど。先生たちが名前を変えてくれてるの分かってる。私の思考パターンを踏まえた上で大枠だけを伝えてくれてる。

誰にどこまで言ったかを忘れた。全部もうしまってしまおう、奥の方で鍵をかけて海中にさよならだ。

今まで生きてきて誰にも言ったことのない話。その場にいた人間の記憶をすべて消してやりたい。というか、存在ごと消したい。でもそんなことできないから、口止めの必要がないように私はうまく生きるしかない。フラッシュバックみたいに鮮やかに蘇るのは私への罰なんだろうか。罪を犯したのは、どちらだっただろう。

そんなの、決まってるじゃない

 

春だ。春が来たからその次は夏が来る。

夏には間に合わない。昔から夏は嫌いだけど、夏が嫌いな理由はなかった。でも今は明確な理由を持って夏を憎んでいる。自業自得、それはそうである。だからといって、そこまで責められることなのだろうか。私の感覚が麻痺しているだけか。

 

いつからか、キャラクターものや動物、小さな子供に対して何の感情も抱かなくなった。可愛いとか愛おしいとか、なんにも思わなくなった。子供の頃サンリオの、なんだっけなもう名前すら忘れてしまったんだけどマイナーでイメージカラーがピンクのキャラクターが好きで、100%「カワイイ」ものが好きな女の子だったはずなのに一体なんの事故が起きてこんなおどろおどろしい絵の描かれたバンドのTシャツを着て寝ているんだろう。

子供だの小さな動物だのに庇護本能を刺激されないのはいささか問題がある気がする。まだ間に合うか。なにに間に合わせるんだ?

 

普通から外れた。普通ってなんだ、と言われたら分からないけど、私と対極の人間が普通の人なんだろうと思う。「自分は変わってる人なんですぅ〜」とかいう自虐風自己陶酔ではなくて、全てを諦め自分が淘汰されるのをぼんやりと眺めているような、そういう感じで私は「普通から外れた」と言っている。

 

戻れるものなら戻りたい、でもどこまで戻ればいいのか分からない。綺麗な、真っ白な、傷ひとつない頃だろうか。それとも、

 

 

眩しい光が注ぐ季節がやってくる、私はその光を狂気のかたまりで受け止めるんだろう

 

 

 

早贄

 

 

飛べるようになったばかりのカラスが意気揚々と飛び回っている姿を見て片っ端からぶちのめしていくという悪い想像に取り憑かれながらノマドワーカーをしている。

次々と羽根を引き抜かれていくことなどつゆも考えていない奴らは、翼がボロボロのスカスカになっていつの間にか高いところを飛べなくなっていることに気付くのにどれほどの時間を要するのだろうか。

鷹になるものもいる。一定数いる。奴らは元はカラスだ。ずる賢くて盲目なカラスだ。率先して路上に転がるゴミ袋に嘴を突っ込み、集合住宅のベランダから針金ハンガーを盗む。スズメが地面をとびはねていれば濁った大きな鳴き声を発して蹴散らす。車に轢かれた猫を見つければ容赦なく腹をつついて腸を引きずり出す。そうして、立派に真っ黒なカラスになっていくのだ。そんなカラスがふとその姿を鏡に映すと、鋭い目つきの鷹として映っていることだろう。おめでとう、エリートの世界。

 

 

 

 

くだらない人生だ、と思わないのだろうか。

頭が良くて優しい人が潰れていく。じわじわと羽根をもがれて動けなくなっていく姿を私は陰から眺めている。私の翼は広がらない。

今、なんとなく思った。戦線で銃を携えて走り始めた仲間のことを、戦線に向かっていく仲間を何列も後から追いかけていた兵士は何を思っていたんだろう。

規模や種類は違えども、本質的にはほぼ同じだ。生きるってことは、たぶん血の流れない戦争だ。

 

 

艶々の黒い羽根を引き抜いてしまいたい衝動に駆られる。遠くの空めがけて羽ばたく姿を撃ち落としてみたい。同じ傷を、同じ痛みを、まだ何も知らない鳥たちに向けて。

 

 

私は、近づいてきたものは食べない。それら全てをお飾りにして本当に求めているものを自分で掴み取る。というか、もうそうするしかないのだ。無防備な生き物は片っ端から捕まえて美しく枝に突き刺してあげる。欲しいものが手に入るまで、適当に小腹を満たすなんてこと、私にはできなかった。

カラスにも鷹にもなれない百舌鳥として。

 

 

 

山田亮一が死んだら私は生きるのをやめる

 

 

NO MUSIC NO LIFEって糸井重里が考えたんだっけ。ちがったらごめん。

そのロゴTを着ながらもヘッドホンを首にかけてるやつ、今お前死んどるやんけ、なんて思いながら、twitterで邦ロック厨たちの謎のハッシュタグ、日曜日だからなんたらかんたらってやつを横目に、bioに「邦ロックは酸素。」なんて痛々しいポエム書いちゃうような輩に寒気を覚えつつも、私は素で、素面で、山田亮一が死んだらこの世に生きてる意味を失う気がしているのです。のーやまだのーらいふ。みたいな。

 

あの特徴的な叙情的な言葉も日常で目に映るものをうまく組み込んだ比喩も好きでたまらない

ハヌマーンの頃は~だの、バズマザーズハヌマーンよりも〜だとかえりっさとかピクミンとかそんなのどうだっていいんだよ。今は重松とせんちょーが支えてんだよ。わたしはその2人と共に爪痕残してほしいと思ってるよ。山田亮一が紡ぐ言葉と掻き鳴らすギターの音を聞き続けられるのなら形態なんてなんだっていいんだよ。潰れて欲しくない。潰されてほしくない。

日曜の夜は、大好きな音楽の渦に飲み込まれながら弊社突然砂になって新社屋がみつかるまで営業ストップにならねえかなとか思ったりしてましたけどそんな生活もあとわずかです。

 

だけど山田亮一の音楽がこの世で更新される限りはまだ死にたくない。山田亮一の生き様をみるためにわたしはまた立ち上がる。さっきからずっと呼び捨てにしているが敬称略だ。

 

 

どんなにきたないことしてもゆがんでも、

あなたは最後まで生きて。

その後じゃないと私は死ねない。

 

 

そうですね。わたし、可愛いんで。

 

チョコレート、アイス、マカロン、ケーキ、可愛いものみんな溶けて、私の一部になればいい

 

可愛いのかたまりを次々と摂取しては吸収しきれずに吐き出されていくドロドロの可愛い

可愛いことだけが正義なのだ

 

可愛い、可愛い、可愛い。

女の子はそれだけで生きていけるのです。

生きる価値があるのです。

 

おんなのこきらい

 

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森川葵ちゃんが好きで、観た。結果、鬱である。珍しく、レビューとまではいかないものの映画の個人的な感想を書く。盛大にネタバレをしながら感想を書く。

 

可愛いことを自覚し、可愛いもので身を固め他者からの「可愛い」の声を酸素のごとく必要として生きる主人公キリコ。清々しいほど「わたし可愛い」だから女たちからはめちゃくちゃ嫌われる。でも周りの男たちからは可愛いの声を浴びまくりアイドルのように持ち上げられている。最大の自己肯定である「可愛い」を浴びつつも、なぜか満たされないキリコは可愛いスイーツで心の空洞を埋めようと過食して、嘔吐する日々を送っている。

必死に可愛いを求めるキリコの姿を見ていると、可愛いという言葉がいかに毒々しいかを思い知らされる。

可愛い、という漠然とした概念は、往々にして人を追い詰め、あるいは苦しめ、思考や精神を蝕んでいくものだと思う。

死に物狂いで可愛いの装備を固めていくキリコ。キリコの中では、可愛くない ≒ 死 なんだろう。

 

「そうですね。わたし、可愛いんで。」

「てめーらとはちげえんだよブス」

 

キリコが職場の女たちへ向かって放った台詞。

ここまで剥き出しの人間に会ったことがないので分かりませんけど、実際に身近にいたらヤバイな。友達ひとりもおらんな。でも、ほんとにてめーらとは違うのです。だってキリコにとって、可愛くなかったら生きていく価値などないのだから。

 

キリコは行きつけの店のバーテンダー、ユウトに片想いしている。良く言えば友達以上恋人未満的な。悪くいえば、ハイ。ほかの女の子よりは特別だけど、恋人じゃない。たとえ可愛い、と言われても。ある日バーに新しく入った女の従業員がユウトに軽率に手を出す。穏やかなわけがない。酒を女にぶちまけキレ散らかすキリコ。

「私の方がずっとずっと好きだし、

私の方がずっとずっっっと可愛いもん」

ボロボロに泣きながら訴えるも、ユウトは「お前のそういうところが嫌なんだ...」と冷たく突き放す。哀れみの表情を浮かべつつ口角はつり上がっている新人女。

「可愛い」の完全敗北だった。

 

 

足の踏み場もないほど散らかったアパートで、食べかけのお菓子やケーキに埋もれながら廃人と化すキリコ。「可愛い女の子」の象徴であったロングヘアも、自らハサミでザクザクに切り落としてしまう。

そこへやって来るのが仕事で知り合ったデザイナー、幸太。

幸太は他の男とは違って容易く「可愛い」なんて言わない。なんならキリコの可愛い至上主義に否を唱え、可愛いを武器にして男に媚びるキリコをピシャリとはねのけるような人物。

髪は散切りゴミ屋敷のような部屋で嘔吐し始めるキリコを優しく介抱する幸太。こんなに可愛くない姿は見られたくない、というキリコに対して幸太は「可愛いよ。」と声をかける。

 

この幸太の言葉は、キリコの呪縛を一瞬にして解くものだったと思う。グチャグチャに崩れた自分を受け止めてくれた幸太の「可愛い」は、cuteとかbeautifulとか、そんなものではなくて、キリコが心の奥でずっと求めていた言葉を含んでいるものだった。今まで色んな男から言われ続けてきたペラッペラの可愛いとは比べ物にならない。

 

幸太と過ごすようになったキリコは無邪気に笑ったり、ショートカットの髪を幸太に整えてもらったりと幸せな時間を過ごす。過食もしないし嘔吐もしない。このへんの森川葵が可愛すぎる。あー、かわいい、好きだ。

 

本物の「可愛い」をもらって、キリコは幸せになるのか…と思いきや、あらびっくり。幸太の家にアポ無し訪問したらば、女、いる。なんか彼女というよりもはや嫁みたいな雰囲気をガンガンに醸してる女、いる。台所で慣れた手つきで料理してやがる。キリコ完全にフリーズ状態。あてくしも絶句ですね。

気まずそーな幸太、なぜかキリコを家にあげて3人で食卓を囲む。なにこの地獄。耐えきれずに飛び出すキリコ。公園で泣きじゃくる。たぶんあの公園、幸太とふたりで遊んでいたところじゃなかったかしら。ここ記憶曖昧。とりあえず追いかけてきた幸太。とりあえず感がすごい。

「好きでもない人に 可愛いなんて言うなよ」

キリコが幸太に向かって泣きながらこの台詞。完全にキリコの中で「可愛い」の言葉の重さや価値が変わっていたことを如実に表している。ストレートすぎて心に突き刺さった。関係ないのに何故か泣いた。キリコ...キリコ辛いな、苦しいな...

キリコは幸太に縋りつくも、幸太はキリコのもとを去ってしまうのでした。

 

 

物語はこのあたりが核の部分だからその後は別に、うん。一応キリコは前を向いて、安価な可愛いに惑わされずに生きていくことを暗示して終了。しかし救いようのなさが異常。特に幸太なんなんだ。あんなの誰だって騙されるよ。人間不信になるよ。

 

ただ、可愛いの呪縛で苦しんでいるひと、世の中たくさんいるよね。たくさんの可愛いがあるはずなのに、ただ一つの可愛いしか認められない時とかあるじゃない。

そんな時、ひとつの狭い可愛いにとらわれることなく自分を幸せにできる可愛いを見つけられるようになりたいね、と思った。

可愛いを毒にしたらだめだよ。可愛いは薬にするんだよ。なんてね

 

 

 

咳が酷すぎてねむれませんでした。

こんだけ咳してたら休んだ方がいいと思う。こんだけ咳してこんだけ寝れてないんだから休んだ方がいい。休みたい。眠りたい。メンタルは最近普通です。荒ぶってはいません。体調悪いからそこまでエネルギーまわってないんでしょうね。

おやすみ

 

 

舞い上がる塵

 

寒かった。

冷たい風が容赦なく吹くせいで細かいラメの入ったグロスを丁寧に塗った唇に髪がくっついて最悪だしデニムのスカートですら捲れそうになるし氷みたいに冷えきった手を温めるために自販機で好きでもない甘い飲み物を買った。こいつは駅から徒歩2分の会社につくまでの短い命だ。デスクに置かれたそれは一瞬にしてぬるくなりただの甘すぎる液体に変わったために給湯室のシンクに流れていった。130円。

 

風に吹かれてるうちに自分の身が散り散りになっていく気がした。キーボードを叩く指が自分のものでない感覚に陥る。受話器から話しかけてくる地方の取引先相手の声が非現実味を帯びていくのを感じるけどなかなか現実には引き戻せない。

目を合わせて笑ってみたり、合間に雑談を挟んだりくだらない冗談を言ってみたりしながら、手元の裏紙に書きなぐった呪詛の言葉を誰にも見られないように1枚1枚丁寧にシュレッダーにかけた。裁断されていく音が好きでどんな作業よりも大切に行う。

 

なぜだか悲しかった。いつも改札に立ってるメトロの駅員さんの髪が短くなってたこととか、毎日来る宅配業者の人の肩が雨に濡れてたこと、誰も欲しがってくれない注文書のコードが実は1桁間違ってたこと、投げかけたけど届かずに掴んでもらえなかった声、とか。

私だけが気付いてるけど誰にも引っかからなくて流されていくこと、多分たくさんある。

私が気付くことで私の心にかすり傷ができたとしても、私にはなんの関係のないことだってたくさんある

隣の部署にいて毎日、共通の話題で少しだけ話す地味めの雰囲気の女の人の胸が超でかくてびっくりしたのは今日のことだ。マスカラを変えたせいで私のまつげが抜け落ち始めたまつエクみたいにところどころで長さがバラバラで納得いかずに1日過ごしたことは誰も気付いてない。

私がどんな想いを抱えて笑ってるかなんて誰も分からないだろう。

自分の好きな人の評判をみるとだいたい落胆する。ロリコンとかヒモとかチャラだとか。

それらは私の人生に何の関係もないのに少しだけなにかが削り落とされた気分になる。人の目に晒されないようになるべく早くウィンドウを閉じる。みんなは知らなくていい。

 

誰も知らないうちに私は消えて、はじめからなかったものになっていくのだ。じゃあまたね、バイバイ、と笑顔で手を振って相手が見えなくなった瞬間に真顔に戻ってスマホの画面を見つめるみたいに。振ってた手はポケットに仕舞われてまわれ右して歩き出すみたいに。色んなものにお互いが背を向けあって離れていく。繋いだ手も冷たくなっていくのだ、最後は。そのことを考えて、誰よりも先に考えているから砂みたいにパラパラと目に見えないくらいの細さになって空で散りたいと思ってしまう。強風でどこからか飛ばされてきた新聞紙みたいになるのは無様にも程がある。

 

130円2分の命。私はそれと大差変わらないことに私だけが気付いているこの世界で、あっという間に記憶から流されていくそう遠くない未来に対して、もがくこともせずただぼうっと待っている。待ちながら自販機で買ったまだギリギリあったかいカフェラテを喫煙所で飲みながら下書きを更新して晒す。